【Q】
骨に荷重がかからない状態では効果が期待できないと思われますが,寝たきりやほとんど坐位で生活されている方への,骨粗鬆症治療は意味があるのでしょうか。 (福岡県 I)
【A】
超高齢社会のわが国において,寝たきり患者に対する介護は社会的にも医学的にも重要な課題になっています。寝たきり状態は,全身の骨密度を急激に低下させます。このような骨粗鬆症は不動性骨粗鬆症や廃用性骨粗鬆症と言われています。片麻痺患者の骨密度を縦断的に調べると,麻痺側上肢は1カ月で4%,3カ月で12%,1年で17%低下し,麻痺側下肢は1カ月で1%,3カ月で5%,1年で12%低下します(文献1)。骨粗鬆症高齢者の骨密度低下が年間1%程度であることを考えると,不動による骨密度低下がいかに急速に生じるかがわかります(文献2,3)。
寝たきり患者の日常的なケアには,体位交換,全身清拭,おむつ交換などが含まれます。寝たきり患者への骨粗鬆症治療とは,介護動作に伴って生じる「介護骨折」を予防することを意味します。寝たきり患者が一度骨折を起こすと,その後のケアが患者に苦痛を伴うものとなり,介護を担当する家族とメディカルスタッフにとって非常に負担の大きなものとなります。臥床生活の継続に支障がなければ,保存治療が選択肢になりますが,体動のたびに疼痛を伴う場合や,骨折部断端の突出により皮膚を穿孔する可能性がある場合などは,手術治療が必要になります。人生の終末期に質の高い穏やかな余生を過ごすという目標において,介護骨折予防を目的とした骨粗鬆症治療は意味のあることです。
日本整形外科学会が実施した「大腿骨頚部骨折の発生頻度および受傷状況に関する全国調査」によると,介護時に発生した「おむつ骨折」が90歳未満で0.2%,90歳以上で0.3%認められたと報告されています(文献4)。これは大腿骨近位部骨折に限った調査ですので,大腿骨骨幹部や上腕骨や脛骨の「介護骨折」を含めると発生頻度はもっと高くなります。
30分以上上体を起こしていることのできない患者にはビスホスホネートの経口薬は投与禁忌です。長期不動状態(術後回復期,長期安静期など)にある患者にはSERM(selective estrogen receptor modulator)は投与禁忌です。薬物治療には,ビスホスホネートの静注,抗RANKL(receptor activator of nuclear factor-κB ligand)抗体の皮下注,ビタミンDやKの内服を用います。骨粗鬆症における疼痛にはカルシトニンを筋注します(文献5)。低骨密度,高齢,既存骨折があるなど骨折の危険性の高い骨粗鬆症にはテリパラチド酢酸塩(parathyroid hormone:PTH)の皮下注により骨形成を促進します(文献6)。骨に荷重がかからない状態では,かかる状態のときよりもこれらの治療薬による骨密度増加効果は減弱しますが,治療しない状態と比べれば明らかに効果が期待できます。
「介護骨折」発生の主な原因は,骨粗鬆症と関節拘縮です。骨粗鬆症に対する薬物治療を行って骨強度を維持・改善し,関節可動域訓練を行って拘縮をつくらない・悪化させないことが大切です。股関節に強い屈曲内転拘縮がある患者のおむつ交換には細心の注意が必要です。愛護的にケアすることはもちろんですが,些細なことで骨折を起こす可能性があることを事前に本人と家族に説明しておく必要があります。明らかな受傷機転なく骨折している場合もありますので,疼痛,腫脹,皮下出血,変形,異常可動性などの有無を普段から観察しておかなければなりません。
1) Pluskiewicz W:Endokrynol Pol. 2011;62(1):48-50.
2) Sakai A, et al:J Bone Miner Res. 2002;17(1):119-27.
3) Sakai A, et al:Bone. 1996;18(5):479-86.
4) 萩野 浩:老人骨折の発生・治療・予後に関する全国調査 平成15年度総括・分担研究報告書:厚生労働科学研究費補助金長寿科学総合研究事業. 2004, p1-10.
5) Tsukamoto M, et al:Bone. 2016;85:70-80.
6) Sakai A, et al:J Bone Miner Res. 1999;14(10):1691-9.