(質問者:熊本県 M)
エピペンRは,アナフィラキシーを発症したが医療施設への搬送が間に合わない緊急時に使用するために開発された器具です。医療施設で使用する目的で作られた器具ではありません。貴施設でプレフィルドシリンジを常備されていることは正解です。
アドレナリンは,アナフィラキシーや重症喘息,心肺蘇生の治療薬として,医療施設に常備する必要があります。以前は,ボスミンR注のアンプルが常備されていました。しかし,アナフィラキシーの原因として蜂毒が多いことから,1994年,林野庁に蜂災害防止対策検討会が設置され,そこで,林野庁職員に使用目的を限定したエピペンRの輸入が認められ,翌年から交付されています(文献1)。また,エピペンRは成人用(0.3mg)が2003年に薬事承認され,メルク社から販売が開始されました。2005年には食物や薬物に起因するアナフィラキシーに適応が拡大されています。また,小児用(0.
15mg)が承認され小児への使用も可能になりました。現在は,救急救命士や学校教職員,保健所職員がアナフィラキシーを発症した患者に使用することも認められています。一方で,アドレナリンのプレフィルドシリンジとしてエピクイックRが2000年にテルモ社から発売され,2009年に「アドレナリン注0.1%シリンジ『テルモ』R(アドレナリン1mg)」と改名されて現在に至っています。
基本的には,エピペンRはアナフィラキシーを発症した患者が自らアドレナリンを注射するための器具です。使用方法は一般の人でも使用できるように簡便になっていますが,医療施設で使用するものではありません。本来の目的が異なるため,医療施設で使用するには,多くの欠点があります。
まず,エピペンRでは吸引テストができないため,血管内への誤注入のリスクがあります。外側大腿部への穿刺が推奨されるのは,この筋肉に血管が少なく,血管内への誤注入を避けるためです。また,緊急時に着衣のままで使用できるようにするため,その針は厚手の生地を貫けるように22Gと太めになっています(文献2)。さらに,注入量は,成人用が0.3mg,小児用が0.15mgと決まっています。
アドレナリンは2014年に発表された「アナフィラキシーガイドライン」でも第一選択の薬剤に指定されており,症状が続く場合には追加投与することが記載されています(文献3)。プレフィルドシリンジは内容量が1mgなので1本でも追加投与が可能ですが,エピペンRの場合は1回だけしか使用できない上に,投与量の調節や追加投与はできません。不注意で穿刺に失敗すれば,その1本が無駄になります。平成28年度の1本の価格は,プレフィルドシリンジが159円に対して,エピペンRは成人用(0.3mg)が1万894円,小児用(0.15mg)が7979円です。そのほか,プレフィルドシリンジは有効期間が3年以上あるのに対して,エピペンRは1年半で,輸入品になるため実際の使用期間はさらに短くなります。
医療施設でエピペンRを使用することは禁忌ではありませんが,医療施設外での使用を目的としてつくられた製品であること以外にも,安全性やコストなどを考慮し,アドレナリンはプレフィルドシリンジを備えることをお勧めします。
【文献】
1) 佐々木真爾:日農村医会誌. 2000;49(4):618-25.
2) 医薬品インタビューフォーム. 「アナフィラキシー補助治療剤 アドレナリン注射液 エピペンR注射液0.15mg,日本薬局方アドレナリン注射液 エピペンR注射液0.3mg」.
3) 日本アレルギー学会:アナフィラキシーガイドライン.
[http://www.jsaweb.jp/modules/journal/index.php?content_id=4]
【回答者】
一杉 岳 九州大学大学院歯学研究院歯科麻酔学分野
横山武志 九州大学大学院歯学研究院歯科麻酔学分野教授