つづいて洋方支持派の議員が反対意見を述べた。
「漢方は解剖生理の基礎知識に欠け、学問としての体系をなしておらぬ。そのうえ個人の治療経験を語るだけで人類不変の法則を打ち立てる気概に乏しく、正統学問の批判に耐えられない。また、漢方は伝染病流行の際これを予防する術が無く、犯罪鑑定をなすべき手段も一切備えておらぬ。戦場では負傷者の救護や治療など軍事医療上の目的にまったく用をなさず、いたずらに皇国繁栄の礎を損なうものである」
手厳しい反対論にもかかわらず、帝国議会の第1読会は漢方存続法案を第2読会に持ち上げることで意見がまとまった。
第1読会を通過すれば第2読会では法案の条文を逐条的に審議し多少の修正を加えるだけで衆議院本会議に上程する運びとなる。果して第2読会ではさしたる波乱もなく審議は大多数の賛同を得て終了した。
第7回帝国議会は臨時国会であり短時日で閉会し、漢方存続法案は次年度の通常国会冒頭にて可否を採決する運びとなった。
「第8回帝国議会こそ漢方再興の正念場だ。最後の決戦場でもある。ここで賛成票が反対票を上回れば、われらに逆転・反攻の道が開ける」
浅井国幹は全国の漢方支持者に檄をとばした。「峻烈な闘いになろうが、漢方存続法案が勝利を得るまで有らん限りの力をふりしぼろう」
第8回帝国議会は明治28(1895)年2月6日に開催された。国幹にとって多年の辛苦が報われるときがきた。いよいよ衆議院本会議場でわが国の漢方医を今後とも存続させるか否かを最終的に決める法案が採決されるのである。
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