私は医師として、科学者として、また医療における研究開発─医療イノベーション創出の国家事業に深く関わる立場から、軍民両用─デュアルユース研究とは何か、現在、進行中のプロジェクトの実績からいくつか具体例を挙げて科学者の使命と責任に言及し、安全保障と学術に関して、日本学術会議としてどうすべきかを問いたいと思います。
私はつくづく思うのであります。今、まさに問われているのは、何のために学術研究を行うのか? 科学とは何か? 科学者のあり方、そして大学のあり方ではないのか?
安全保障と学術というテーマは決して新たな問題ではなく、中国の春秋戦国時代まで遡ることができます。すでにその時点で論点は出尽くしていると言ってよい。そこで、4つの古典的言明を紹介し、その現在的内容をもって論を進めていきます。
孫子の冒頭です。「兵は国の大事なり」に倣いました。兵器・防衛装備はもっぱらその時点の技術に依存します。わが国は科学と技術をもって立国の国是としています。死生の地、存亡の道、察せざるべからざる也。これを肝に銘ずるべきです。
今私たちは人類未曽有の科学と技術の大革命期に生きています。医学・医療からみると、これらのテクノロジーすべてが統合されて、ただならぬスピードでその進歩が加速しています。人工知能の世界的権威カーツワイルは、2045年を人類のsingularity(技術的特異点)と予想しましたが、私はもっと早く、人が人を超える、機械が人を超える時代に入ると予測します。全地球を覆い猛烈な勢いで進行するインターネット─社会革命は深刻な哲学・思想革命を引き起こしつつあります。
折しも政府は13年に日本再興戦略をまとめ、健康寿命の延伸を1つの柱と位置づけ、その実現のために日本医療研究開発機構(AMED)を創設しました。AMEDは15年4月より稼働しています。
AMEDの医療イノベーション創出事業は、基礎研究の成果を臨床に応用・実用化し、新しい医薬品、医療機器を開発して患者さんの元に届ける国の事業です。言い換えれば、イノベーションによって、活力ある健康長寿社会を実現せんとするものです。本プログラムにおいて初めて科学・技術研究にプロジェクトマネジメント(PDCA)が厳格に適用されました。すなわち、明確な目標を設定した上でその達成を評価する経営学のイロハを科学・技術研究に適用したのです。
その効果はてきめんです。(AMEDやそれ以前の国の医療イノベーション創出事業によって)これまでの10年間で薬事承認ないし認証23件を達成できました。いかなる企業もこのようなスピードで医療製品を開発上市することはできません。難病克服プロジェクトでは4年足らずの間で3件承認をとったのです。アカデミアの潜在的開発能力は今や製薬・医療機器メーカーを凌駕しています。昨年2月に厚労省が発表した先駆け審査指定5品目、すなわち厚労省が認めた画期的製品もすべてアカデミア発です。驚異的な再生医療製品が今年中に承認されると予想されます。これにより脊髄損傷や脳卒中で寝たきりになる人は激減するでしょう。
今やアカデミア発の医療イノベーションによって重大ないくつかの疾病を克服する時代に入りました。寝たきりゼロ、百歳現役という現実はもうそこまで来ています。
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