神経内科が担当する疾患は,頭痛,認知症,脳卒中,てんかん,パーキンソン病などの神経変性疾患,神経免疫疾患,筋疾患と非常に幅が広く,筋肉から脳に至るまで,きわめて多岐にわたる。これは臓器ではなくシステムとして機能する神経系を相手にする神経内科医に課せられた尊い使命であり,また全身に張り巡らされた神経の不調を的確に診断できる神経内科医は「全身を診る医師」として貴重な存在である。高齢化社会の進行により,脳卒中や認知症患者の増加は地域医療の大きな課題であり,地域医療を支える神経内科医の需要もきわめて高まっている。
他方,「神経内科」という診療科は,わが国では歴史が浅いために,世の中においてもまだ認知度が高いとは言えない。諸外国の医学部では内科から独立したNeurologyとしての大講座にて養成されているが,わが国では独立した神経内科がない大学も10以上存在する。学会の会員数をみても,日本神経学会の会員数は循環器内科の約1/3,消化器内科の1/4にとどまり,今後は不足している神経内科医をいかにして増やしていくかが,大きな課題である。
神経病学は神経科学を背景とする病態学であり,神経科学の発展は目覚ましい。これまで原因が不明であったいわゆる難病の原因遺伝子や病態が次々に明らかになっており,これらの成果をもとに基礎研究から臨床への橋渡し研究の展開や再生医療が最も期待されている分野である。
多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)は原因不明の炎症性中枢神経疾患であるが,決定的な診断マーカーがないためにしばしば診断に苦慮する。従来,わが国に多いとされた視神経脊髄型MSの大部分は,抗アクアポリン4(AQP4)抗体が陽性の視神経脊髄炎(neuromyelitis optica:NMO)であることが,筆者らとMayo Clinicの共同研究で明らかになった。NMOでは抗AQP4抗体が中枢神経のアストロサイトを抗体依存性あるいは補体依存性に傷害し,二次的に脱髄や神経細胞障害を引き起こすことが明らかになり,MSとはまったく異なる病態を有する疾患であることが判明した1)。臨床的にも,NMOの急性期では髄液中のグリア線維酸性蛋白(Glial fiber acid protein:GFAP)がインターロイキン(interleukin:IL)-6などのサイトカインとともに著増し,アストロサイトが炎症によって広範にダメージを受けていることを伺うことができる。
NMOの診断には血清中の抗AQP4抗体の同定が必要不可欠で,臨床症状やMRI所見だけでは鑑別が困難なことが多い。現在用いられているNMOの診断基準は視神経炎と脊髄炎の存在が不可欠であるが,実際に抗AQP4抗体陽性例のうち,この診断基準を満たす症例は40%に満たず,抗AQP4抗体測定の臨床的意義は大きい。
一方で,近年ELISA法による抗AQP4抗体測定が保険適用となり,診断基準を満たさないNMOの診断が容易になったものの,軽症例では偽陰性になりうることがわかっている。診断が紛らわしい症例では,誤診を防ぐためにcell-based assay(CBA)法による確認が必要である。最近,筆者らは急性期に髄液中の抗AQP4抗体が有意に増加し,髄液細胞数,髄液IL-6濃度,髄液GFAP濃度などと相関することを報告した2)。従来,抗AQP4抗体は末梢で産生され,血液脳関門の破綻とともに中枢神経に移行し,炎症を惹起すると考えられていたが,中枢神経に侵入した抗体産生細胞が病変局所で抗AQP4抗体を産生している可能性が示唆された2)。
抗AQP4抗体がNMOの診断マーカーとして確立したことにより,抗AQP4抗体が陰性にもかかわらずNMOの臨床型を呈する症例の診断が問題になるケースが増えてきた。最近筆者らは,抗AQP4抗体陰性のNMO関連疾患における抗ミエリンオリゴデンドロサイト糖蛋白(myelin oligodendrocyte glycoprotein:MOG)抗体陽性症例の特徴をまとめて報告した3)。
抗MOG抗体はもともと小児の急性散在性脳脊髄炎(acute disseminated encephalo-myelitis:ADEM)の病態への関与が示唆されていた自己抗体であり,MSの動物モデルである実験的自己免疫脳脊髄炎(experimental autoimmune encephalomyelitis:EAE)はMOGを抗原に用いて作成される。これまでは抗MOG抗体の測定系の感度・特異度が不十分なために,その病態への関与や意義がまったく不明確であったが,CBA法による測定法が確立されたことにより,新たな疾患スペクトラムとして認知されはじめている。これまでのところ,小児ADEMのほか,小児発症のMS,成人発症の特発性あるいは再発性の視神経炎,抗AQP4抗体陰性のNMO関連疾患などで高頻度に陽性になることが判明しており,男性にやや多く,ステロイド反応性が良好で予後がよいことが特徴として挙げられる。抗MOG抗体陽性の症例群ではMSに用いられる疾患修飾薬は無効ないし増悪をまねくリスクがあり,ステロイドもしくは免疫抑制剤による予防的な治療が有効と考えられている。
【文献】
1) Fujihara K, et al:Clinical and Experimental Neuroimmunology. 2012;3(2):58-73.
2) Sato DK, et al:Ann Neurol. 2014;76(2):305-9.
3) Sato DK, et al:Neurology. 2014;82(6):474-81.
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