不眠の治療には,精神的原因および身体的原因の鑑別が必要である。さらに,個々の症例について不眠の問題解決に当たる場合,Paul Glovinskyの不眠をもたらす3つの因子モデル(素因,促進因子,遷延因子)1)に当てはめると臨床的に有用である。
以下,ペットロスにより不眠が誘発され,うっ血性心不全が背景にあった例を紹介する。
症例:58歳,男性,自営業。
主訴:愛犬が死んでから,眠れない。
既往歴:44歳頃より1型糖尿病と診断され,インスリン治療を開始した。3カ月に1回,インスリン治療の指導を受けるため近医に通院していた。心疾患,喘息の既往なし。
現病歴:半年前より,早歩きをすると息が上がるようになった。そのため,1日30本×40年間吸っていた煙草をやめた。13年間飼っていたマルチーズが,1週間前に急死した。自宅でも職場の事務所でも一緒に生活をしていた愛犬の死後,食欲がなくなって眠れなくなり,夜間に息苦しさが出現するようになった。ペットロスによる不眠とのことで,睡眠薬を希望して外来受診となった。
睡眠問診:午後11時就寝,睡眠時間8時間。夜間に1~2回目を覚ます。夜間,トイレに1~2回行く。1週間前からよく眠れなくなった。昼間の眠気は,たまにある。エプワース眠気尺度(ESS)は2点。習慣性の昼寝はない。56歳の頃からいびきをかき,睡眠中の無呼吸を指摘されたことがある。夜は1人で寝ているとのこと。飲酒の習慣なし。
身体所見:身長172cm,体重64kg,BMI 21.6。顔色やや不良,チアノーゼなし。起坐呼吸なし。胸部聴診では,喘鳴聴取せず。心音雑音なし。両下腿の圧痕性浮腫(pitting edema)あり。
胸部X線:心拡大,うっ血所見あり。心電図記録:心拍数102,心室性期外収縮あり。V5,6誘導にST低下あり(図1)。
診断及び経過:両下肢pitting edemaおよび胸部X線写真での心拡大,肺うっ血の所見より,うっ血性心不全の疑いと診断した。不眠および夜間の呼吸困難はうっ血性心不全によるものが疑われると患者に説明した。同日,総合病院の循環器内科に紹介し,緊急入院となった。うっ血性心不全と判断され,治療により入院3日後には臨床症状が改善した(図2)。心臓カテーテル検査により重症3枝病変の陳旧性心筋梗塞と診断された。冠動脈バイパス術の適応とされたが手術を希望しなかったため退院となり,循環器内科の外来で経過観察となった。
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