「英医ウィリスはかねてより横浜に居留する英国商人と謀り、薬品販売による巨額の利益を手にしております」
相良知安はウィリスの行状を曝け出した。
「英国公使館の公務に関わる身でありながら、その裏でかかる行為を為す者が果して日本医学総教師としてふさわしいでしょうか。もし彼を任用するならばわが国の医療に禍根を残すこと必定にございます」
知学事の山内容堂はそのことをこの場で初めて知ったとみえる。話がすすむにつれて次第に血の気が失せ、別人のごとく顔面蒼白となった。反論しようにも声が出ないようである。
つづいて知安は先日岩倉具視に説いたドイツ医学の現況を滔々と語り、わが国はぜひともドイツ医学を導入すべきであると強調した。さらにイギリス医学との優劣に及ぼうとしたとき、参与の鍋島直正が肩を怒らせてこちらを睨んでいるのに気づいた。
――これ以上、容堂侯を追い詰めるな!
直正の鋭い目つきはそう告げていた。
見ると山内容堂の額に冷や汗がうかび、力が抜けたようにがっくりと肩を落としている。知安は思わず口を閉ざした。
容堂の異様な有様と、佐賀藩主従のやり取りを敏感に察知した進行役の秋月種樹はすかさず口をひらいた。
「さて、各々方、意見もほぼ出尽くしたようでござる。これにて審議を終えたく存ずるが、諸侯にはいかがであろうか」
高官たちが一様に首肯するのを看て取った秋月は、ただちに閉会を宣言した。
それから3日後、山内容堂は体調不良を理由に知学事を退職した。
残り1,667文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する