病歴(検査データは異常値のみ)
56歳,男性。会社員(中小企業,デスクワーク中心)。
40歳代前半に糖尿病を指摘され,近医で加療されていたが,血糖コントロール不良のために3年前に当院へ紹介された。身長171.4cm,体重72kg,BMI 24.5,随時血糖263mg/dL,HbA1c 8.6%,半年ほど前からインスリン療法の導入のために入院を勧めているが,なかなか入院してくれない。眼科では,昨年より単純性網膜症を指摘されている。微量アルブミンは陰性,手足のしびれはないが,夜間にこむら返りが起こることがある。趣味は野球観戦で,阪神タイガースのファンである。また,近視で眼鏡を装着している。
薬物療法:メトホルミン1500mg/日,グリメピリド4mg/日,シタグリプチン100mg/日。
家族歴:母が糖尿病,脳梗塞。飲酒:焼酎2杯,休肝日なし。
喫煙:過去に喫煙。6年前に禁煙。運動:ほとんどしていない。食生活:朝食欠食,昼は外食,夜の食事が遅くなる。
問題点
▶インスリンへの切り替えを拒否する
インスリンへの切り替えが必要であるにもかかわらず,痛い,面倒,インスリン療法に対する罪悪感などの理由からインスリンへの拒否する患者がいる。本例も血糖コントロールが不良の状態が長く続いており,「一度,入院してインスリン手技を覚えなさい。同時に食事療法も体験できるから」と医師は入院によるインスリン治療を勧めているが,「インスリン治療は嫌だ,仕事が忙しくて入院できない」とインスリン導入を拒否している。このまま血糖コントロールが不良だと,合併症リスクの増大が懸念される。毎回のように外来で,インスリンの導入を進めるものの,「もっと食事に気をつけるから」とインスリン導入に同意してくれない。
このような症例にどのように対処したらよいのであろうか?
「痛い」「面倒」「難しい」「怖い」などの注射に関する理由,「一生打たなければいけない」「外出や旅行ができない」などの活動制限に対する不安や「インスリンは身体に悪い」という誤った認知,「人前では打てない」「友人と食事がしにくい」「他人に注射をしているのを知られるのは嫌だ」という心理・社会的な要因など,インスリン導入を拒否する理由は様々である。
英国で行われた2型糖尿病を対象としたUKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)によると,2型糖尿病患者の膵β細胞機能は診断時点ですでに正常の50%前後になっており,1年間に約4%ずつの割合で膵β細胞機能は低下し,膵β細胞機能が15%前後となると経口糖尿病薬の効果は期待できなくなり,インスリン治療が必要となったとされている。
膵β細胞機能の評価法として,HOMA-β指数[(空腹時インスリン(U/mL)×360)/(空腹時血糖(mg/dL)-63)]が用いられることが多いが,高血糖状態(150mg/dL以上)やSU(スルホニル尿素)薬などインスリン分泌刺激薬が使用されている場合には,必ずしも正確にβ細胞の機能を評価していない。他に,C-ペプチドを利用したSUIT指数〔空腹時C-ペプチド(ng/mL)×1500/(空腹時血糖(mg/dL)-63)〕などもある。
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