病歴(検査データは異常値のみ)
87歳,女性。職業なし。
特別養護老人ホームに居住の利用者。これまで他の医師が嘱託医として担当していたが,2013年にその嘱託医を引き継いだ。その時点での利用者の診断名は高血圧症,胸腰椎圧迫骨折,骨粗鬆症,胃潰瘍,糖尿病,認知症であった。
2011年には腰痛が強く,エルカトニン注射をされていた。その他の病歴情報は,前医療機関,および前々医療機関の診療情報提供書では詳細不明である。
2013年7月の血液生化学検査ではUN 12mg/dL,Cre 0.52mg/dL(eGFR 81.6 mL/分/1.73m2),HbA1c 6.5%であった。
問題点
▶パンを食べたいと熱望している
▶元気がなく,寂しそうに生活している
訪問診察のたびに「パンを食べてもいいですか?」と尋ねられ,「糖尿病なので,食事制限が重要だ」と説明するが,定期訪問のたびに同じ質問と答えの繰り返しになる。家族も時折訪問し,食事・菓子の差し入れを届けているようだった。職員から家族へ食事制限の必要性を説明し,家族の差し入れは止まったが,本人はそのせいか元気がなさそうにみえる。食事制限をどれほど厳密にすべきだろうか?
糖尿病は様々な症状を引き起こす疾患ととらえられている。しかし一方で,日々の食事を摂り続けた結果の状態,つまり高齢化のひとつととらえることもできる。食事は習慣のひとつであり,生きる上での選択のひとつである。習慣や選択には個人の興味・関心・欲望が影響し,他者の異なる興味・関心・欲望を受け入れることはかなりの困難が発生することもある。今回の事例で,「パンを食べたい」という興味・関心・欲望を糖尿病管理という切り口だけで対応すると,施設利用者の承認・理解・納得を得ることは難しい。
この施設利用者はパンが好きであり,一般に,食事は高齢者の生きる楽しみの重要な部分である。しかし,施設の食事は施設利用者の希望に沿った食材や調理でないこともある。毎日の食事に対する欲求が満たされないつらさへの配慮が求められる。
糖尿病の悪化を防ぐために,パンを避けるのか,糖尿病の悪化が起こらないか,見守りながら食事の自由度を増やすのかを中心に,施設利用者家族や施設職員を含めた方針調整が必要である。
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