インスリン抵抗性を大きくする疾患や生活習慣を改善することが認知症の先制治療となり得る
糖尿病の予防・治療も認知症の先制治療となりうる
点鼻インスリンとGLP-1受容体作動薬は認知症先制医療の候補である
早期先制治療は疾患の診断以前に,バイオマーカー,画像診断,遺伝子などの情報をもとに,疾患の予防的治療を開始するものである。現在,認知症は複数の認知機能障害と社会生活の障害によって診断され,その前段階として軽度認知機能障害(mild cognitive impairment:MCI)があり,この段階での治療介入の研究が行われている。
ところが,PET(positron emission tomography)などの画像診断技術の発達により,認知症発症の10~20年前にアルツハイマー病の病理所見であるβアミロイド(Aβ)やリン酸化タウの蓄積がとらえられるようになってきた。こうした画像所見から本当にアルツハイマー病になるのかという議論はあるものの,アルツハイマー病の先制治療の時期は,Aβが蓄積する以前の40~50歳代までさかのぼって行うことが必要であろう。すなわち,認知症のMCIの段階で一次予防を行うことが先制治療であったのが,臨床前期のAβの蓄積以前から何らかの治療を行うことが先制治療となってきたのである。
認知症の先制治療は遺伝子治療や免疫療法など多くの手段が考えられている。しかしながら,Aβの生成過程を制御する認知症の薬剤や免疫療法は現在のところ,その有効性が証明されていない。ここでは,インスリン抵抗性改善を目的とした生活習慣への介入と点鼻インスリンなどの糖尿病の薬剤に焦点を当てて,認知症の先制治療について解説したい。
インスリン抵抗性がその病態として存在する糖尿病,高血圧,肥満,メタボリックシンドロームは認知症発症の危険因子である。特に糖尿病はその前段階の耐糖能異常(impaired glucose tolerance:IGT)の段階から認知症発症を加速させる。糖尿病またはIGTがあると認知症発症は約3年間加速する1)。中年期の肥満,特にウエスト径が大きい中心性肥満は認知症発症や認知機能低下のリスクである2)。多くの試験のメタアナリシスでは,意図的に体重減少させると記憶力,注意力,実行機能が改善する,という結果が得られている3)。たとえば,肥満女性29例で30%のエネルギー制限を3カ月間行った群は,対照群と比べて記憶能力が改善し,高インスリン血症が改善した人ほど,言語記憶能力が改善した4)。
運動不足,高脂肪食,睡眠異常,喫煙,歯周病,うつ状態などの慢性炎症などはインスリン抵抗性を大きくする病態であるが,これらは認知症発症を加速させる因子である(図1)。
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