研修を始めると「仕事とは?」ということを教わらずにいきなり現場に出てしまいます。研修医の皆さんは,自分できちんと患者さんを診察し,治療できればそれで仕事ができていると思っているでしょう。研修医の頃の私ももちろんそう思っていましたし,それが一番大切なことは間違いではないと思います。しかし,実際の病院での仕事には医療業務以外のことが本当にたくさんあります。病院は1つの小さな共同社会だからです。
一般業務としては,指示出しがあります。患者さんへの薬の指示や,看護師に患者さんの病状管理に対する指示をすることで初めて病棟の仕事が回りますし,看護師もその状況下で自分たちの仕事に専念できるようになります。指示は病棟に対してのみではありません。薬剤師や栄養士に対しても必要です。さらに,患者さんの訴えがあれば,上級医の代わりに診察を行い,現状の把握をし,対処できるものはある程度対処しながらも上級医に連絡をとるなど,病棟を切り盛りすることは思った以上に大変なのです。
患者さんの病態を把握して,それを病棟のスタッフみんなで診ていけるように指示をして共有することで治療が始まります。だから,この指示が的確にできないことは,病院業務を止めていることと同じなのです。
指示出しのまずさは,初期研修だからということで,経験のある医療従事者全体でカバーしてくれます。誰でも初めからスマートに何でもできるわけではありませんし,それくらいはどの業界の新人にも当てはまることです。でも,やはりその指示には重大な責任があるわけですから,まず的確な指示が出せるようにしましょう。初めは上級医から「○○の指示出しておいてね」と依頼があると思います。単純な作業で,なんだと思われるかもしれませんが,そういったときに「指示を出しました」と言っておいてできていないと,本当に病棟での仕事が滞ってしまいます。上級医から追加される指示には,屯用薬の処方依頼から始まり,一般検査など,現時点での患者状態に対し足りていないものが出されます。研修医は,上級医の指示の中で,どの優先順位が高いのかわからないのが実際でしょうし,カルテ書きや,患者さんの対応などに追われてその指示出しが遅れることも多々あると思います。しかし,なんとか処理していかなければなりません。わからないときは近くにいる自分より年配の先生に聞くことも大切です。一番よくないことは,やってもいないのに「やりました」と答えてその場を乗り切ろうとすることです。いろいろな業務が舞い込んできますが,そういった各所への指示をきちんとすることが大切なのです。
もちろん指示やカルテ書きといった一連の病棟業務だけではなくて,日常診療も大切です。患者さんにとっては,研修医であっても自分のことを診てくれる医師には違いありません。たとえば「がん患者さんが,どうしようもなく辛く苦しいと訴えている」と,看護師から報告を受けたとき,あなたならどうしますか?指示簿に「疼痛時にはこういった痛み止めを処方する」と書いてあれば看護師は確かにその指示簿に沿って痛み止めを患者さんに出すでしょう。「痛み止めの処方を指示簿に書いてあるから,まずそれやってよ」と言いたくなるかもしれません。でも,もしその訴えが,処置を要するものや,急変を起こすような症状だったらどうしますか?患者さんの痛みがいつもと違う場合,最初に気づくのは巡回やナースコールに対応する看護師です。それを言いにきたのかもしれません。これは極端な例ですが,面倒くさいといった思いで対処したところ,急変を起こしうる病態を見逃してしまったことを何度も目の当たりにしてきました。
やはり何か異変があるときは,まず患者さんのところに行き,自分の目で状態を確認し,それから判断する必要があります。このように日々患者さんの話を聴き,診察する,その繰り返しで徐々に日常診療のスキルも上達していくのです。どれだけ大学で勉強してきたからといっても,現場に出て何年も働く医師と同じように,瞬時に患者状態を把握できるというものではありません。日々の問診,診察で,患者さんをよく診ることが基本で,その次に病気の鑑別をし,そのための検査を組んで,その結果から現在の病態を考察する,それをカルテに書く。その繰り返しをすることで,患者状態の把握がより早く正確にきちんとできるようになるのです。
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