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神経病学[特集:臨床医学の展望2014]

No.4690 (2014年03月15日発行) P.24

水澤英洋 (東京医科歯科大学大学院脳神経病態学(神経内科)主任教授)

石橋 哲 (東京医科歯科大学大学院脳神経病態学(神経内科))

登録日: 2014-03-15

最終更新日: 2017-08-04

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神経変性疾患における新しい時代の到来

2013年の第54回日本神経学会学術大会が「神経学─新しい時代への挑戦─」と題して史上最多となる参加者を迎えて開催されたが,まさにそれを裏づける大きな進歩が得られた。

アルツハイマー病(Alzheimer’s disease;AD)も含め,多くの神経変性疾患は神経難病の代名詞として「原因不明で治療法はない」とされてきたが,分子遺伝学・生物学の進歩により,多くの原因と発症機序が着実に解明された。病態に基づいた標的分子の根本的治療(disease modifying therapy;DMT)が開発されつつあり,その一部は臨床試験の段階にある。したがってまず強調したいことは,本態性(essential),特発性(idiopathic)といった言葉は“分子が見えなかった20世紀の遺産”とも言うべき存在ということである。神経変性疾患の発見から約100年が経過しているにもかかわらず,「原因不明で治療法はない」と告げられた患者の絶望を思うならば,まさに新しい時代が到来したと言えるのではないだろうか。

一方,ADや球脊髄性筋萎縮症(spinal and bulbar muscular atrophy;SBMA)の治験から明らかにされたことは,発症してからでは遅いということである。これは理論的にも,発症後のDMTは疾患の進行を完璧に抑制できたとしても,それまでに失われた神経細胞はすぐには回復しないため,症候は改善しないことになる。すなわち,非常に早期あるいは発症前に治療を開始する,先制医療あるいは有効な対症療法が重要となる。遺伝性ADの研究により発症の10年,20年前から病的変化は始まり進行していることがわかってきており,適切な時期に治療を開始することで発症を予防したり,遅らせることができるのではないかと期待されている。

これは,対症療法の重要さが見直されつつあるとも言えるが,疾患(disease)の原因治療にかかわらず,常に障害(disability)の改善に力を尽くす重要さも認識されつつある。それにより,たとえ疾患は完治できなくてもADLやQOLを格段に改善することも可能である。その1例に痙縮に対するバクロフェン髄注(intrathecal baclofen;ITB)やボツリヌス毒素注射がある。後者はジストニアなどの不随意運動にも有効である。この点では薬物治療のみならず外科的処置も重要で,パーキンソン病(Parkinson’s disease;PD)や振戦に対する深部脳刺激(deep brain stimulation;DBS)から,尖足に対する腱切り術に至るまで多くの治療法がある。たとえまだ確立した方法がなくとも,主治医が個々の患者の訴えに耳を傾け,ともに考え工夫する姿勢が何よりも患者にとって大きな励みとなる。

多くの疾患は,先天的遺伝要因と後天的環境要因によって発症すると考えられている。しかし,生活習慣病がADなど典型的な神経変性疾患の発症に大きく関わる,身体的リハビリテーションが神経変性疾患の運動失調症候を改善させるという両者の関わりが疫学・臨床的事実のみならず,その分子機序までも解明されつつあり,前述の予防・先制医療が確実にスタートしはじめている。

また,脳・神経疾患治療のひとつとして,脳・神経・筋の信号をコンピューターにより解読,あるいは直接制御して,障害に陥った視覚,聴覚,発話,手足の運動などを再生するBMI(brain machine interface)研究も着実に進歩しており,ロボットスーツなどの臨床応用が始まっている。2013年は,米国でヒトゲノム計画に匹敵する脳機能解明・脳疾患克服の『BRAIN initiative』計画も始まり,脳・神経疾患にとってまさに新しい時代の幕開けとなった。

最も注目されるTOPICとその臨床的意義
TOPIC3/自己免疫性神経疾患克服へ向けた様々な免疫調整薬の開発
難治性神経疾患の病態解明とともに根本治療を含めた様々な治療法が開発され,一部は既に実用化されている。多様化する治療法に対してエビデンスに基づいた診療ガイドライン策定がなされた。

この1年間の主なTOPICS
1 認知症の早期診断と先制治療の取り組み
2 新規脳梗塞治療法のエビデンス確立と原因治療の開発
3 ‌自己免疫性神経疾患克服へ向けた様々な免疫調整薬の開発
4 新規抗てんかん薬の適応拡大と改正道交法の成立
5 病態に基づいた神経変性疾患の根本治療法が実現

TOPIC 1▶‌認知症の早期診断と先制治療の取り組み

厚生労働省研究班の調査によると,日本の65歳以上の高齢者のうち,認知症患者は推計15%で,2012年の時点で約462万人に上った。さらに,認知症を発症する可能性の高い軽度認知機能障害(mild cognitive impairment;MCI)の高齢者も400万人と推計されており,65歳以上の4人に1人が認知症とその「予備軍」であることが判明した。当初の推定をはるかに上回る認知症患者の急増は,わが国のみの問題ではない。世界で急増する認知症について主要8カ国(G8)による初の会合「G8認知症サミット」が,13年12月にロンドンで開催され,各国共同で治療法の特定をめざすなどの対策が議論された。認知症の原因の多くを占めるアルツハイマー病(AD)に対して,11年より治療薬の選択肢が増え,3種類のアセチルコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル,リバスチグミン,ガランタミン)および,NMDA受容体拮抗薬(メマンチン)が使用可能であるが,その効果は不十分である。

ADは脳内のアミロイドβ(amyloid β;Aβ)蛋白の蓄積が原因と考えられていることから,Aβ蛋白を主な標的とした根本的治療薬の開発が国内外で行われてきた。その中でも先陣を切って,Aβ能動免疫療法(AN1792, CAD106など),抗Aβモノクローナル抗体(solanezumab, bapineuzumab),Aβ産生を抑制するγセクレターゼ阻害薬(semagacestat)の臨床試験が行われたが,いずれの薬剤もADの進行抑制や認知機能改善への有効性を示せなかった1)。特にAβ能動免疫療法ではAβ蛋白の減少を達成したが,認知症の進行を阻止できなかった1)。そのため,Aβ蛋白の蓄積後ではなく蓄積前に治療を開始する,超早期・先制治療の開発が望まれる。

現在,ADの原因遺伝子を保有するキャリアにのみ発症前段階から早期介入,または予防的治療薬投与を試みる大規模研究が進められている。代表的なDIAN(Dominantly Inherited Alzheimer Network)研究では,常染色体優性遺伝性ADの両親を持つ家系を対象に,発症前段階からネットワークに登録し,バイオマーカーの測定や臨床経過との対応を解析している。DIAN研究は,このような観察研究から新たな薬剤介入研究へと進化し,抗Aβ抗体やBACE阻害薬による早期介入治療の効果を検討することになっている2)

治療の適応となる症例を早期に検出するために,今後はADの発症・進行過程を忠実に反映するバイオマーカーの確立が必須である。この目的を達成するため,ADに進行する確率の高い健忘型MCIを対象例として追跡し,画像・髄液・血液などのsurrogate markerを経時的に検索するAD NI(Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative)研究が行われており3),わが国でもJ-ADNI研究が行われている。これらの研究により,[11C]-PIB(ピッツバーグ化合物B)によるアミロイドPET,脳脊髄液Aβ(1-42)低値とリン酸化タウ高値は,MCIからADヘの臨床的転化(conversion)予測能が高いことが示されており,今後の早期治療の臨床試験に必須となる検査項目と考えられている。


◉文 献

1) 坂井健二, 他:BRAIN and NERVE. 2013;65(4): 461-8.

2) Moulder KL, et al:Alzheimers Res Ther. 2013;5(5):48.

3) Weiner MW, et al:Alzheimers Dement. 2012;8(1 Suppl):S1-68.

TOPIC 2▶新規脳梗塞治療法のエビデンス確立と原因治療の開発

一過性脳虚血発作(transient ischemic attack;TIA)の治療は,脳梗塞を予防する上で最も重要である。TIAは「24時間以内に完全に消失する局所神経症状」とされていた。しかし,MRI拡散強調画像など脳画像検査の進歩により,症状の持続時間が24時間以内であっても,多くのTIAに急性期虚血病巣がみられることから,2009年の米国脳卒中学会(American Stroke Association;ASA)の声明で,時間制限をなくし「局所の脳,脊髄,網膜の虚血により生じる一過性の神経機能障害で,画像上,梗塞巣を伴っていないもの」と定義された。TIAは,アテローム血栓性あるいは心原性が多く,アテローム血栓性TIAでは抗血小板薬による速やかな再発予防を行う必要がある。13年に実施されたCHANCE(Clopidogrel in High-risk patients with Acute Non-disabling Cerebrovascular Events)研究において,TIAおよび軽症脳卒中症例に対してはアスピリン単独よりも発症3週間以内のアスピリン,クロピドグレル併用治療がより再発予防効果が高いことが示された1)

一方で,心原性TIAおよび心原性脳塞栓症の再発予防には抗凝固薬が用いられる。ワルファリン以外の選択肢はなく最適な効果を維持することが難しい症例も多かったが,2011年に使用可能となった直接トロンビン阻害薬であるダビガトランを皮切りに,凝固Xa因子阻害薬であるリバーロキサバン,アピキサバン,エドキサバンが使用承認されている。これら新規経口抗凝固薬(novel oral anticoagulant;NOAC)の第3相臨床試験ではワルファリンと比較して有効性,安全性ともに優れていることが明らかになった。特に頭蓋内出血の発症が少ないことがNOACの特筆すべき特徴であり,非弁膜症性心房細動患者の脳梗塞発症予防の第一選択薬となりうる。

従来,急性期脳梗塞に対するt-PA(アルテプラーゼ)による血栓溶解療法は発症3時間以内が適応であったが,2012年末に発症4.5時間以内に拡大され,より多くの患者が血栓溶解療法の恩恵を受けることが可能となった。一方,血管内治療による血栓除去療法もMerci®リトリーバー,Penumbra®デバイスが2010~11年にかけて認可され,積極的な再開通療法が可能となった。t-PA静注療法との効果を比較した検討では,内頸動脈閉塞など重症脳梗塞を除いて血管内治療の優位性を示すことができなかったが2),14年にわが国でも新たに使用可能となるSolitaireTM(ステント型血栓除去デバイス)など次世代デバイスの導入や,適応を的確に判断することにより,さらなる治療効果が期待できる可能性がある。

脳血管障害は単一の遺伝子異常が原因となる場合もあり,特にCADASIL(cerebral autosomal dominant arteriopathy with subcortical infarcts and leukoencephalopathy),CARASIL(cerebral autosomal recessive arteriopathy with subcortical infarcts and leukoencephalopathy)を代表とする遺伝性脳小血管病では病態が次々に判明している。特にCARASILの原因遺伝子はHTRA1(high temperature requirement peptidase A1)遺伝子であり,TGF-βシグナルの異常亢進がみられることが,2009年にわが国で報告された3)。以後CARASILでは,HTRA1が小胞体でTGF-β1を切断できないために,成熟型TGF-βを増加させてしまうという,TGF-βシグナルの制御機構の破綻が明らかとなった。詳細な分子メカニズムの解明により,HTRA1活性を補う,あるいはTGF-βシグナルを調整することで,脳血管障害に対する原因治療が実現されると考えられる。


◉文 献

1)Wang Y, et al:N Engl J Med. 2013;369(1): 11-9.

2)Singh B, et al:Mayo Clin Proc. 2013;88 (10):1056-65.

3)Hara K, et al:N Engl J Med. 2009;360(17): 1729-39.

TOPIC 3▶自己免疫性神経疾患克服へ向けた様々な免疫調整薬の開発

多発性硬化症(multiple sclerosis;MS)の再発予防薬は,2000年にインターフェロンβ1自己注射薬が使用可能となったが,効果が不十分な症例も多かった。2010年に登場した,内服薬のフィンゴリモド(FTY720)はリンパ球のスフィンゴシン-1-リン酸(S1P1)受容体を制御し,MSの再発頻度を減少させる免疫調整薬として高い有効性が認められた。さらに,それを示したTRANS FORMS研究では,インターフェロンβ1と比較して高い再発予防効果,脳萎縮の進行抑制効果も認められ,今後の治療の中心的役割を担うと考えられる1)
また,それぞれ血管内皮細胞に発現するインテグリン,Bリンパ球の表面抗原CD20に対するモノクローナル抗体であるナタリズマブおよびリツキシマブなど,既に欧米でMSに対する高い有効性が証明された分子標的薬が,わが国でも臨床試験を経て適応可能となろうとしている。

MSと同様,中枢神経の自己免疫性疾患である視神経脊髄炎(neuromyelitis optica;NMO)は,アザチオプリンやミコフェノール酸モフェチルによる再発予防効果が報告されていたが,効果は不十分であった。そのような中,2013年には,補体蛋白質C5に対するモノクローナル抗体であるエクリズマブ(抗C5モノクローナル抗体)の非常に高い有効性が報告された2)。また,わが国からもIL-6依存性プラズマブラストが,NMO発症の主要な原因のひとつであるアクアポリン4抗体を産生していることが報告された3)。これら補体やIL-6に対する分子標的療法の臨床試験がわが国でも開始されている。

自己免疫性神経疾患は様々な治療薬が使用可能となった反面,薬剤選択に関しては必ずしも国内共通のプロトコールで行われていなかった。2010年にはMSのガイドラインが,2013年にはギラン・バレー症候群,慢性炎症性脱髄性多発神経炎(chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy;CIDP)などの自己免疫性末梢神経疾患のガイドラインが策定され,全国レベルで共通した高いエビデンスレベルに基づく治療を行うことが可能となった。

多発性筋炎,皮膚筋炎(dermatomyositis;DM)を代表とする炎症性筋疾患には,悪性腫瘍や間質性肺炎といった二大合併症が存在する。病型に関しても,慢性型,遠位型,壊死性筋炎,封入体筋炎,さらには筋症状を欠くamyopathic DMなども含まれ,明確な診断基準の作成が困難であった。近年,抗ARS抗体,抗SRP抗体など,ほかの膠原病を追う形で新たな自己抗体と臨床像の特徴が明らかになってきている。そして現在,診断法の進歩に診断基準を合わせるべく国際筋炎診断基準策定プロジェクトが発足し,国際的診断基準が策定されようとしている。


◉文 献

1)Cohen JA, et al:N Engl J Med. 2010;362 (5):402-15.

2)Pittock SJ, et al:Lancet Neurol. 2013;12 (6):554-62. 

3)Araki M, et al:Mod Rheumatol. 2013;23 (4):827-31.

TOPIC 4▶新規抗てんかん薬の適応拡大と改正道交法の成立

てんかんは小児の疾患というイメージがあるが,年齢別の発症頻度を見るとむしろ高齢者での発症が多く,70歳代から急増する。高齢化社会の現代,てんかん診療はより重要性を増すと考えられる。

第3世代薬と言われている新規抗てんかん薬は,ガバペンチン,トピラマート,ラモトリギン,レベチラセタムで,部分てんかんの治療薬として2006~10年にかけて導入された。これらの薬剤はほかの抗てんかん薬と併用することになっているが,治療スペクトラムは広く,部分てんかんだけでなく全般てんかんにも有効で,わが国でも適応が拡大している。第3世代薬は,第2世代薬と比較して同等以上の効果を発揮し,相互作用や副作用も少ない傾向にあり,今後の安全な薬物治療に大きく貢献すると思われる1)

小児の領域では2012~13年にかけて,乳児重症ミオクロニーてんかん(severe myoclonic epilepsy in infancy;SMEI)に対するスチリペントール,レノックス・ガストー症候群(Lennox-Gastaut syndrome;LGS)に対するルフィナミドがそれぞれ承認された。静注薬では従来のフェニトインと比較して不整脈や組織壊死の副作用を低減したホスフェニトイン,静注用フェノバルビタールであるノーベルバール®など,第1世代薬の改良が行われており,第3世代薬であるレベチラセタム注射薬も現在承認申請中である。

一方で,2011年4月の,栃木県鹿沼市でてんかん患者がクレーン車を運転中に発作に陥り,児童6人を死亡させたという事件を受け,てんかん,認知症患者など,自動車の運転に支障をきたしかねない疾患を有する患者の免許取得や事故時の取り扱いについて,道路交通法改正に向けた議論が行われた。

01年までは「3年以内に発作のあるてんかん」を運転免許交付時の絶対的欠格事由としていたが,諸外国に見られるような条件緩和に対応した新たな指針が必要であることから02年には道路交通法改正により,てんかん有病は相対的欠格事由とされた。つまり,2年の無発作期間があれば主治医の診断書を提出するなどの条件を満たすことで運転免許を取得することが認められるようになった。

そこで,2013年6月,病状申告書への虚偽記載への罰則を強化する,交通事故を起こす危険性が高いと認められる患者が免許を取得したことを知った医師は,診断結果を各都道府県の公安委員会へ届け出ることができるなどの案を盛り込んだ改正道路交通法が成立した。関連規則を整備して14年度から実施される予定である。この法改正は,排除の論理が優先され差別社会につながりかねないという意見もあり,今後関連支援法の整備や見直しなどの附帯決議が必要である。

分子生物学的には,従来,単一遺伝子が関与する遺伝性てんかんの責任遺伝子として連鎖解析などの遺伝子解析手段により,特にイオンチャネルに関連した原因遺伝子が同定されてきた。近年では,全ゲノムを対象とした解析〔exome解析,コピー数多型(copy number variation;CNV)〕により,原因遺伝子や感受性遺伝子を同定する試みがなされている2)。わが国からは難治性てんかん症例を対象とした全exome解析により,G蛋白質による細胞内のシグナル伝達に関与しているGNAO1遺伝子が新規原因遺伝子として同定され,細胞内シグナル伝達の観点から新規てんかん治療薬の開発につながることが期待される3)


◉文 献

1)「てんかん治療ガイドライン」作成委員会:てんかん治療ガイドライン2010. 医学書院.

2)Hildebrand MS, et al:J Med Genet. 2013;50(5):271-9.

3)Nakamura K, et al:Am J Hum Genet. 2013;93(3):496-505.

TOPIC 5▶病態に基づいた神経変性疾患の根本治療法が実現

今のところ有効な治療法の少ない筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;ALS),前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration;FTLD)では,2006年に両者に共通して出現する封入体の主要構成成分としてTDP-43が同定され,同一スペクトラム上の疾患と考えられるようになった。

ゲノムワイド関連解析から孤発性ALSとFTLDが,9番染色体短腕に連鎖することがわかっていたが,その原因遺伝子として2011年にFTLD-ALSの家系において9番染色体短腕のC9ORF72遺伝子が同定され,非翻訳領域にあるGGGGCCという6塩基反復配列の異常伸張が見出された。これらの異常は家族性,孤発性ALS両者に認められ,フィンランドのALS患者の中では家族性ALSの46%,孤発性ALSの21%を占め,現在最も多く検出される遺伝子異常であることから注目を集めている1)

変異例では異常伸長したリピートの転写産物(RNA)が,前頭葉や脊髄の神経細胞の核内に蓄積していること(gain of function)に加えて,リピート伸長は血液では短く神経細胞では延長しているなど,部位ごとにリピート長が変わるというsomatic instability(体細胞不安定性)が強い特徴があり,変性の部位に大きな影響を与えるという意味で非常に興味深い。sense側だけでなくantisense側の転写産物の発現が確認されること,さらにATGの開始コドンがないにもかかわらず,多彩な蛋白が合成されるrepeat-associated non-ATG(RAN)translationと呼ばれる新たな病態が判明し,脆弱X症候群(fragile X-associated tremor/ataxia syndrome;FXTAS),筋緊張性ジストロフィー(myotonic dystrophy;DM),優性遺伝性脊髄小脳変性症(SCA8, 31)など,ほかのRNA疾患の病態解明・治療法開発にも重要と思われる1)

新世代ゲノム研究による原因遺伝子,感受性遺伝子の同定から病態を解明する手段に加えて,DNAのメチル化,ヒストンのアセチル化など,後天的に遺伝子発現を制御する仕組みを解明するエピジェネティクス研究も神経変性疾患を対象に行われている。たとえば,パーキンソン病(PD)症例の死後脳での解析では,正常対照群と比較して,PDの主要変性部位である中脳黒質においてα-シヌクレイン遺伝子のメチル化が有意に減少していることがわが国から報告された2)。このような後天的な遺伝子のメチル化の減少による,α-シヌクレイン遺伝子発現の増加がPD発症の原因となる可能性もあり,DNAのメチル化やヒストンのアセチル化を制御する薬剤を早期介入治療により中枢神経にデリバリーすることができれば,今後,神経変性疾患の発症を抑制できる可能性もある。

新たな病態が解明されているだけではなく,実際に根本治療法実用化にも結びつきつつある。中でも遺伝性運動ニューロン疾患である球脊髄性筋萎縮症(SBMA)はアンドロゲン受容体におけるCAG反復配列の異常伸張が原因であり,わが国で異常アンドロゲン受容体の核内移行を抑制できるリュープロレリン(抗アンドロゲン療法)治療の二重盲検比較試験が行われ,特に発症10年以内の症例では嚥下機能の悪化が抑制された3)。病態解明が神経変性疾患の変性過程を根本的に抑制することにつながった初の治療法であり,現在承認をめざしている段階である。

今後,神経変性疾患は遺伝子治療や再生医療実用化の追い風を受け,多くの根本治療法が開発されると考えられる。


◉文 献

1)Mackenzie IR, et al:Acta Neuropathol. 2013;20. [Epub ahead of print] 

2)Matsumoto L, et al:PLoS One. 2010;5(11):e15522.

3)Katsuno M, et al:Lancet Neurol.2010;9(9):875-84.

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