【Q】
高齢者が,慢性呼吸不全あるいは慢性心不全で長く歩行できない場合,理学的所見のみで鑑別診断する方法にはどのようなものがあるか。(和歌山県 T)
【A】
体重減少,浮腫の有無を確認する必要がある。また,COPDに特徴的な胸郭の形状,呼吸パターン,呼吸法に注目する
特に高齢者では,種々の原因で歩行障害を来すが,呼吸機能や心機能の問題で歩行が難しくなる例も多い。呼吸苦や歩行距離の低下で呼吸・循環機能障害に気づくこともあるが,両者を見分けることは容易ではない。そこで,まずは慢性呼吸不全,慢性心不全の理学的所見の特徴をまとめる。
慢性呼吸不全は「1カ月以上にわたって安静時における室内気吸入下での動脈血酸素分圧(PaO2)が60Torr未満の低酸素血症を呈する状態,またはそれに相当する異常状態」1)と定義される。
我が国で在宅酸素療法を受けている慢性呼吸不全の疾患別内訳は,慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease;COPD)48%,肺結核後遺症18%,間質性肺炎15%,肺癌5%と報告されており,既往歴の問診が重要となる。本回答ではCOPDを中心に述べる。
全身所見として,COPDに特徴的なものに体重減少がある。一般にCOPDでは,体重と予後は反比例するとされ,「痩せ」は,COPDが重篤であることを示唆する。
胸部の視診では,胸郭の形状と呼吸状態に注目する。COPDでも肺気腫を有する患者では,肺の過膨張のために胸郭の前後径が拡大する,ビヤ樽状胸郭が特徴的である。
呼吸は起坐呼吸や口すぼめ呼吸を認める。口すぼめ呼吸は,口腔内を陽圧にして,末梢気道の虚脱を防止し,換気効率を向上(陽圧呼吸)させる効果がある。また,正常では呼気と吸気の時間比は1:1であるが,COPDでは気流制限のために呼気時間が延長する(呼気延長)。
COPDが重篤になると呼吸補助筋が普段の呼吸にも動員され,胸鎖乳突筋の肥大などが目立つようになる(図1)。吸気時に胸腔内の陰圧が増すため,鎖骨上窩・季肋部が陥没する。
肺気腫病変が進行すると肺の過膨張によって横隔膜が平低化し,吸気時に横隔膜の収縮に伴って側胸壁が内方に陥没する。この徴候をフーバー徴候(Hoover’s sign)と呼び,重篤なCOPDの特徴とされている。
胸部聴診所見としては,高音性連続性ラ音(wheeze),低音性連続性ラ音(rhonchi),ストライダー(stridor)と呼ばれる連続性雑音が聴取される。これは,気道の狭窄に伴う気流の乱流に伴って生じる。また,肺気腫病変が主体のCOPD症例では,気腫肺のために雑音をはじめとする呼吸音が減弱する。なお,安静呼吸時で連続性雑音が聴取されない場合は,強制呼出をさせると呼気終末時に聴取できることが多い。
心不全とは,全身の組織で必要とされる酸素を供給するに足るだけの血液を心臓が拍出できない,あるいは組織灌流圧を維持できない病的な状態を指す。左心不全と右心不全に分けられるが,両者の区別ができない両心不全と呼ばれる病態が多い。
全身臓器の低灌流に基づく症状として,四肢冷感,チアノーゼを認める。また,高齢者では心拍出量の減少による脳循環障害に伴い,記銘力・集中力減退,睡眠障害,意識障害を認めることがある。
血流のうっ滞による症状としては,まず労作時呼吸困難が挙げられ,運動時の息切れとして自覚される。進行すると軽い労作,さらには安静時にも呼吸困難を自覚するようになる。
また,発作性夜間呼吸困難や起坐呼吸は特徴的である。横臥位になると下半身からの静脈還流が増加し,就眠後,数時間経ってから肺うっ血による呼吸困難で覚醒し,坐位,あるいは椅子に腰掛けることで症状が軽減する。このように,起坐呼吸は臥位よりも坐位で呼吸困難が軽い状態の時に起こる。
上記の所見に加え,左心不全では交感神経が緊張し,末梢血管が収縮するため脈拍は微弱で頻脈になることが多い。また,左室心尖拍動の左方移動を認める。
胸部聴診ではⅢ音の聴取,奔馬調律を認める。肺胞性肺水腫を反映して湿性ラ音が当初は吸気時に下肺野で,心不全の進展につれて肺野全体で聴取される。時に粗い水泡性ラ音に喘鳴が混じるため,気管支喘息と鑑別が困難なこともある。
右心不全では,静脈圧上昇やうっ血を反映して,頸静脈の怒張,下腿・顔面の浮腫,肝腫大を認める。頸静脈の怒張は右心不全の診断にきわめて重要である。下腿浮腫は左右対称に生じ,いわゆる左痕性浮腫(pitting edema)となる。肺高血圧に伴う三尖弁閉鎖不全症による心雑音や右心性Ⅲ音は,第4肋間胸骨左縁付近を最強点として,吸気時に増強する。
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以上のことから,両者の症状は類似している点も多く,重度の呼吸器疾患によって右心不全を合併した場合は,両者を区別して考えることは難しくなる。しかしながら,体重減少の有無,浮腫の有無,聴診所見は参考となる。また,COPDに特徴的な胸郭の形状,呼吸パターンは両者を区別しうる指標となるであろう。
1)厚生省特定疾患「呼吸不全」調査研究班:呼吸不全─診断と治療のためのガイドライン. メディカルレビュー社, 1996.
中村守男:Medicina. 2010;47(8):1367-70.