No.4684 (2014年02月01日発行) P.82
森川日出男 (国立病院機構東京医療センター総合内科)
鄭 東孝 (国立病院機構東京医療センター総合内科医長)
登録日: 2014-02-01
最終更新日: 2017-09-26
■ケース
75歳,女性。両下肢浮腫,全身倦怠感を主訴に受診。
1カ月ほど前から徐々に両下肢のむくみと軽い気だるさを認めていたが,あまり気にしていなかった。その後,むくみがさらにひどくなり,足が靴に入らなくなったため受診した。
既往歴:高血圧,変形性膝関節症。
内服薬:ノルバスクⓇ,ロキソニンⓇ頓用。
嗜好:喫煙(20本/日×55年),飲酒(梅酒グラス1杯/日)。
このケースのキーワード:75歳 女性 両下肢浮腫 全身倦怠感 内服薬 喫煙歴
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本命:薬剤性
薬剤性浮腫は意外に多く見られるため,内服歴は必ず聴取しなければならない。Ca拮抗薬やNSAIDsは特に発症頻度の高い薬剤である。
対抗:心不全,肝硬変,腎不全
全身性浮腫の原因疾患として多いものは,心不全,肝硬変,腎不全ならびに貧血である。高齢者の場合,いずれの疾患の可能性も十分に考えられる。
大穴:???
稀ではあるが,骨盤内腫瘍による静脈閉塞で両下肢浮腫を来すことがある。両下肢浮腫の患者では常に全身的原因を探す必要がある。
・最近,NSAIDsの使用頻度が増えているようであり,薬剤性浮腫の可能性は十分に考えられる。Ca拮抗薬も,浮腫の原因となる頻度が非常に高い薬剤であるが,こちらは数年前から内服しているため,被疑薬の可能性は下がる。ただし,薬剤性浮腫としては,全身倦怠感を認めることにひっかかりを感じる。
・ 高血圧や喫煙歴などの心疾患のリスクはあるが,息切れや起坐呼吸などの心不全を示唆する病歴はなかった。ただし,高齢者の心不全では倦怠感や食思不振などの非特異的症状が前景に立つ場合があるので注意が必要である。
・ NSAIDsの使用頻度の増加はあるが,急性腎不全を示唆するような尿量減少の病歴はなかった。
・ 肝硬変の患者は,無症状もしくは倦怠感のみなど,あまり症状が出ないことがある。しかし,本ケースでは,アルコール多飲歴や輸血歴はなく,積極的に肝硬変を疑う病歴はなかった。
・ 両下肢の浮腫は,圧痕性浮腫(pitting edema)であり,かつへこみの戻りが遅いslow edemaであった。甲状腺疾患による粘液水腫やリンパ浮腫では非圧痕性浮腫(non-pitting edema)が起こるが,循環動態の影響などによりpitting edemaになることもある。
・ 圧痕の回復に要する時間をpit recovery time(PRT)と言い,40秒以内に戻るfast edemaと戻らないslow edemaに分けられる。本ケースで見られたslow edemaは,静水圧上昇に伴う心不全や腎不全,静脈閉塞などによる浮腫で起こる。低アルブミン血症の浮腫ではfast edemaとなることが多い。
・ 本ケースでは頸静脈怒張や過剰心音,心雑音は認めず,心不全を積極的に疑う所見はなかった。
・ 腹部は平坦・軟で肝脾腫も認めなかった。自発痛や圧痛も認めず,肝硬変を示唆するような身体所見も認めなかった。
ここまでの診断→NSAIDsによる薬剤性浮腫
・本ケースでは,初診時の仮診断を薬剤性浮腫として,ロキソニンを中止しカロナール®に変更した。また,そのほかの原因疾患の検索のため,採血,採尿,胸部X線,心電図検査などを実施した。そして,薬剤変更の効果を見るため,1週間後に再診とした。
・ 採血,採尿,胸部X線,心電図の結果を表1に示す。本ケースでは,心不全,肝硬変,腎不全,甲状腺機能異常は否定的と考えられた。
・ 1週間後の再診外来でも浮腫の改善は認めず,依然として全身倦怠感を認めた。再度詳細な病歴聴取と身体診察を行ったところ,時折腹痛を認めていたことが判明した。腹部診察では下腹部正中に腫瘤を触れ,血液検査でのLDH上昇と合わせて,骨盤内の悪性腫瘍の可能性が考えられた。その後に実施した腹部造影CTで,骨盤内腫瘍による静脈閉塞と診断した。
・浮腫の鑑別において,経過や随伴症状も非常に重要な要素のひとつである。浮腫自体が生命に影響を及ぼすことはないが,その原因の追究が重要である。安易に利尿薬を処方して経過を見てはならない。
診 断→大穴:骨盤内腫瘍