複雑系科学の専門家であり、脳形成をプリューム型の熱対流に従う自己形成と捉える「脳の渦理論」の提唱者。ファンクショナルMRIの世界的権威であり、30年にわたり米国の医療現場に立った臨床医。米国で卒後臨床研修の責任者(Program Director)を15年間務めた経験も持つ。
この多面的な人生を形成する上で特に影響を与えたのは、ノーベル賞を二度受賞した化学者ライナス・ポーリングの論文との出会いと一人の天才との出会いだった。
意識に作用する麻酔の効果と脳の中の水分子の関係を論じたポーリングの論文、その圧倒的な説得力に衝撃を受けたのは医学生の時。「心臓外科医になりたい」という夢を捨て、水分子と意識の問題を探究しようと脳科学の道を歩むことを決意し、卒後2年で渡米した。
その先で待っていたのが、恐るべき知識量と理論展開能力を持つ一人のユダヤ系米国人との出会いだった。この「無冠の天才」に誘われて、臨床研修プログラムの作成に携わる一方で、臨床医としてサンフランシスコのERの現場を走り回る日々が始まった。中田さんは今もその人を「ボス」と呼ぶ。
「『偉大なる哲学者はすべて偉大なる物理学者であり、偉大なる物理学者はすべて偉大なる哲学者』なんて彼は言う。俺もずっとそう思っていたんです。結局ボスに惚れたんだよね」
ボスに教えられたことの一つは「勉強したければいつでもやれ」。カリフォルニア大助教授の職を与えられた時、新しい学問に挑戦しようと取り組み始めたのが複雑系科学。水分子を追いかけ、複雑系を学び、臨床経験も十分に積んだ中田さんは、水分子と麻酔効果の関係に確信を持つに至り、さらに「脳の渦理論」を生み出した。
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新しいMRI技術開発の基盤づくりに協力するため、研究の拠点を日本に移したのが1996年。2002年には新潟大脳研究所に「一流の施設」と誇る統合脳機能研究センターを立ち上げた。
臨床医としての活動の拠点はカリフォルニアに残したまま。しかし「優しい民の国・日本」の医療を思う気持ち、日本の医師の知的レベルの高さを信じる気持ちは誰よりも強い。昨年は、日本学術会議「医療のイノベーション検討委員会」のメンバーとして医療改革の提言作成にも携わった。
「唯一の要望は、正しい専門医制度をつくるための委員会を内閣府に設置すること。そこから出発しなければ、日本の医療は必ず崩壊します」
米国医療の裏も表も熟知したプロとして、医療を「複雑系」と捉え、日本に「自己形成型医療制度」を確立しようと訴える中田さん。その声に耳を傾ける医療関係者は、少しずつだが確実に増えている。
(日本医事新報 2009年2月28日号掲載)