鉄は生体に必要不可欠であるが,逆に過剰になると活性酸素種を産生し毒性を呈するため,体内での量的多寡は厳密に制御されている
我々の身体には鉄を体外に能動的に排泄する機構がなく,ほぼ閉鎖的回路となっており,鉄は体内で形態・分布を変えて再利用が繰り返されている
ヘプシジンは,鉄過剰時に肝臓での産生が亢進し,消化管からの鉄吸収および網内系からの鉄再利用を抑制する鉄代謝調節因子である
ヘプシジンを中心とする全身としての調節に加え,個々の細胞レベルでも鉄の多寡は調節されている
鉄は,赤血球のヘモグロビン(hemoglobin:Hb)をはじめとして,全身の細胞のDNA合成などにも必要不可欠な金属元素である。しかし,鉄は逆に体内に過剰になると,活性酸素種が発生し,細胞・組織・臓器障害を引き起こし,予後へも悪影響をもたらす。つまり鉄は「諸刃の剣」であるため,体内の鉄の量は常に一定範囲内に調節される必要がある。鉄代謝調節機構を理解するためには,まず体内での鉄の動きの概要を理解する必要がある。
栄養元素のひとつである鉄は,十二指腸から空腸上部で吸収される。消化管上皮細胞内に取り込まれた鉄が血管内に送り込まれ吸収が成立するが,この細胞の血管内腔側での鉄輸送を行っているのがフェロポーチン(ferroportin:FPN)と呼ばれる分子である。血液中に入った鉄はトランスフェリン(transferrin:Tf)と結合し,その形で血流に乗り全身に運ばれる。一部の鉄は肝臓などでの貯蔵や全身の細胞での利用に回されるが,6~7割の鉄は骨髄における赤血球造血でHbの構成要素として使用される。産生された赤血球は,Hbの働きで全身への酸素の運搬・供給を担うが,生理的寿命は約120日である。老廃化した赤血球は,次に脾臓を中心とした網内系マクロファージに捕捉され順次破壊されていく。マクロファージは老廃赤血球の破壊の過程でHbから鉄を取り出すが,獲得した鉄を体外に捨てずに細胞膜上のFPNを介して再び血管内へ戻している。血管内に戻された鉄は,再びTfと結合して全身を循環し利用される。つまり,老廃赤血球の破壊を介して鉄は再利用されるという特徴を呈している1)。
鉄代謝にはもう1点大きな特徴がある。それは,我々の身体には,体内に存在する鉄を能動的に体外へ排出する機構が備わっていないことである。毎日剝がれ落ちる消化管上皮細胞に含まれる鉄や,汗や尿中の鉄など,生理的にはごくわずかしか鉄の排泄はない。そのため,通常はそれに見合う分しか鉄吸収も行われていない。体内総鉄貯蔵量は成人男性で3~5gであるのに対し,鉄吸収・排泄は各々1~2mg/日であることからも鉄代謝は半閉鎖的回路を構築していることがわかる(図1)。