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検死における向精神薬の統計的観察

No.4925 (2018年09月15日発行) P.49

浅野水辺 (愛媛大学大学院医学系研究科/愛媛大学医学部社会・健康領域法医学教授)

村上 光 (愛媛県警察医会)

金子 仁 (愛媛県警察医会)

中西幸三 (愛媛県警察医会)

村上 孝 (NTT西日本松山病院整形外科部長)

登録日: 2018-09-16

最終更新日: 2018-09-11

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2011年10月~2016年12月の約5年間に愛媛県警察本部に報告された検死事例のうち,向精神薬を服用していた733例について検討した

服用薬剤は,睡眠薬フルニトラゼパム,ブロチゾラム等19種類,抗不安薬エチゾラム,アルプラゾラム等14種類,抗うつ薬ミルタザピン,パロキセチン等17種類,抗精神病薬リスペリドン,オランザピン等22種類で,約70%の事例でこれら薬剤を併用服薬していた

服薬剤数は2~4剤が多く,最多服薬は自殺で14剤,突然死10剤であった

服薬内容は,自殺では睡眠薬+抗うつ薬,睡眠薬+抗精神病薬,睡眠薬単独,睡眠薬+抗不安薬+抗うつ薬+抗精神病薬等がほぼ同数みられ,突然死では睡眠薬+抗精神病薬が最も多く,ついで睡眠薬,抗精神病薬等の各単独,睡眠薬+抗不安薬+抗精神病薬が多くみられた

1. 死因と薬物の副作用との因果関係

一般臨床医が警察から検死の立会要請を受け,現場で死者が服用したと思われる薬剤やその外包,あるいはお薬手帳等を示された場合,生前罹患していたであろう疾病を推定できたとしても,死因と薬物の副作用との因果関係の模索に苦慮することは稀ではない。

我々は自殺および突然死と思われる検死事例のうち,現場に残されていた薬物,特に向精神薬との関係について検討を試みた。

2. 対象

対象とした事例は2011年10月~2016年12月の約5年間に愛媛県警察本部に報告された検死例のうち,向精神薬を服用していた自殺277例および突然死と思われる456例,計733例である。

遺族から聴取した生前の罹患病名の中には残された薬剤と無関係のものもあり,また,医療機関によっては警察からの問い合わせに対しても個人情報保護を理由に拒否する場合もあって正確を期し難いものもみられたため,検討から除外した。

検討対象とした向精神薬は睡眠薬(sleeping drug:S),抗不安薬(antianxiety drug:A),抗うつ薬(antidepressants drug:D),抗精神病薬(psychotic drug:P)の4種類である。

3. 結果

1 事例

性別では自殺:男性150例,女性127例,突然死:男性259例,女性197例,年齢別では自殺,突然死ともに60歳代にピークがみられた。

死亡状況は,自殺は縊頸が最も多く172例,ついで飛び降り46例等が続き,突然死は居室内での死亡183例,ついで寝室145例等が多い。

2 向精神薬の服薬状況

服薬剤数は,自殺では3剤が最も多く78例,ついで2剤65例,1剤49例,4剤38例等であった。最多服薬は14剤。突然死では1剤が最も多く132例,ついで2剤111例と漸減し,最多服薬は10剤であった。総服薬剤数は自殺ではS:288剤,A:188剤,D:165剤,P:212剤の計853剤,突然死ではS:436剤,A:221剤,D:132剤,P:460剤の計1249剤であった。

4種類の向精神薬のうち,2種類の併用が自殺106例,突然死176例と最も多く,ついで自殺では3種類81例,1種類63例,4種類27例,突然死では1種類173例,3種類81例,4種類26例であった。1種類のみの服薬者は自殺22.7%,突然死37.9%であり,約70%の事例は何らかの薬剤を併用していた。また,1種類のみ服薬での自殺の1例は,薬剤名不明のベンゾジアゼピン系薬の服薬者であった。

併用薬の内訳をみると自殺ではS+DおよびS+P:29例,S単独およびS+A+D+P:27例,S+A+P:26例,S+A+D:25例等であり,突然死ではS+P:94例,S:65例,P:52例,S+A+P:44例,A:43例であった(図1)。

  

服薬剤数は自殺のS+A+D+P:160剤,S+A+P:108剤,S+D+P:102剤等,突然死のS+P:294剤,S+A+P:203剤,S+A+D+P:158剤等であった。
全薬剤のうち,上位20薬剤を表1に示す。

3 多剤重複

薬剤の製品名を一般名として集計した際,同一薬の重複が自殺で16例,突然死で23例に認められた。薬剤別ではSの5剤が21例,Aの5剤が11例,Dの4剤が4例,Pの8剤が13例で重複していた。また,中には1例に2種類,3種類と重複していたり,1種類の薬剤が3つの別薬剤として重複していた例もみられた。突然死においてはクロルプロマジンとクロルプロマジン配合薬の重複内服が11例に認められた。多剤重複の例を表2に示した。

4. 考案

検死統計にみる向精神薬の繁用薬剤はS:フルニトラゼパム,ブロチゾラム,ゾルピデム等,A:エチゾラム,アルプラゾラム,ロラゼパム等,D:パロキセチン,ミルタザピン,フルボキサミン等,P:リスペリドン,オランザピン,レボメプロマジン,クロルプロマジン配合薬等であった。これら薬剤と死亡の因果関係に関しては検死という特殊条件のため,動物実験や臨床治験のように対照となる母集団がなく結論を安易に推測することはできない。

福永らの自殺例における向精神薬の検討1)を見ると,その上位薬剤は我々の成績と一部異なる傾向もみられるが,厚生労働省の向精神薬処方実態比較調査2)~4)と比較すると類似する部分も多く,我々の成績は現在の向精神薬による診療傾向の同一線上にあるかと思われる。

向精神薬には致死的副作用が記載されているものが多く,特にほとんど全てのDおよび第Ⅱ世代のPでは希死念慮,自殺企図の危険性が高く,また,全てのPで原因不明の突然死をきたす。そのほとんどは致死性不整脈,心筋障害,肺血栓塞栓等を,またSやAのほとんど全てで呼吸抑制をきたすと記されている。

一般に薬理作用の発現は薬物の脂溶性と吸収速度に相関すると言われ,向精神薬の中でもベンゾジアゼピン系薬剤は脂溶性が高く,血液脳関門を通過しやすいため,大脳辺縁系や脳幹網様体に高分布を示し,中間代謝産物(desmetyl diazepam)の半減期が長期にわたるため,長期投与による蓄積に注意すべきであると言われている。

検死事例の服薬状況は,自殺でS+D,S+P,S単独,S+A+D+P,S+A+P,S+A+D等の併用がほぼ同数みられるのに対し,突然死はS+Pが最も多く,ついでS,P単独,S+A+P等の順であった。

死因と向精神薬との関係を統計学的に見ると,抗精神病薬や非ベンゾジアゼピン系睡眠薬と突然死との間に有意な関係がある。自殺の原因としては薬剤の副作用と考えるよりも,うつ病や統合失調症の疾患特異性を,また,突然死では統合失調症の治療の際に薬剤の致死的副作用をそれぞれ示唆しているのではないかと考えられる。

薬剤重複で取り上げたクロルプロマジンとクロルプロマジン配合薬の併用は,単なる催眠を期待するだけでなく,クロルプロマジン量の調節の意味があるのかもしれない。
今後,機会があれば向精神薬の血中動態に関する検討をも考慮したい。


●文献

1)福永龍繁, 他:精神科治療. 2015;30(3):321-4.

2) 中川敦夫, 他:平成22年度厚生労働科学特別研究事業:向精神薬の処方実態に関する国内外の比較研究. 2010, p33-45.

3) 中川敦夫, 他:平成22年度厚生労働科学特別研究事業:向精神薬の処方実態に関する国内外の比較研究. 2010, p47-66.

4) 三島和夫, 他:平成22年度厚生労働科学特別研究事業:向精神薬の処方実態に関する国内外の比較研究. 2010, p15-31.

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