和温療法は深部体温を約1℃気持ち良く上昇させることにより心身の機能を改善させる治療法である
心不全における和温療法の積極的な適応は,心筋障害による心不全,機能性弁逆流症など
慢性心不全,重症心不全に対する有効性が,各種治験で確認されている
難治性疾患(閉塞性動脈硬化症,筋痛性脳脊髄炎,線維筋痛症など)の包括的治療・リハビリテーションへの活用など,今後の適応拡大に期待
和温療法は,「室内全体を均等に設定している乾式遠赤外線均等和温器(室)を用いて,心身が和む心地良い温度(60℃)で15分の和温浴を施行し,出浴後さらにベッドで体を毛布で包み,30分間の安静保温をして,最後に和温療法前後の体重差から発汗量を測定し,発汗量に見合う水分を補給する治療」です。60℃・15分の和温浴による深部体温の上昇(1.0~1.2℃)が治療効果を発揮するのです。
和温療法は多彩な効果を発揮します(図1)。
和温療法は安全で心地良い発汗をもたらし,心身をリラックスさせ,顔色・気分・食欲・睡眠・便通などを改善します。
全身の血管内皮から一酸化窒素(NO)を発現させて血管内皮機能を改善し,全身の動脈・静脈を拡張させます。
その結果,心臓に対する前負荷および後負荷は軽減し,1回拍出量・心拍出量は増加します。
交感神経活性を抑制,副交感神経活性を亢進させます。
カテコールアミン,ナトリウム利尿ペプチド(ANP,BN,CNP)やレニン・アンジオテンシン・アルドステロンシステムの調節異常を是正します。
活性酸素を消去するスーパーオキサイド・ディスムターゼ(SOD)の産生を亢進し,抗酸化作用を促進します。
生体防御因子であるヒートショック蛋白を産生し,免疫能を増強します。
和温療法の適応は多彩です(図2)。
1989(平成元)年に慢性心不全に対する血管拡張療法として開発した和温療法は,その後,多くの臨床経験を重ねた結果,慢性心不全以外にも様々な難治性疾患に効果を発揮することが明らかになりました。今回は慢性心不全に対する和温療法を中心にお話します。
心不全における和温療法の積極的な適応は,心筋障害(拡張型心筋症や虚血性心筋症)による心不全,心拡大に伴う機能性僧帽弁逆流や三尖弁逆流,肺高血圧症,大動脈弁逆流などです。注意すべき心疾患は重症大動脈弁狭窄症や閉塞性肥大型心筋症です。禁忌は活動性細菌感染,高熱時,急性炎症です。
1989年に霧島リハビリテーションセンターで,和温療法を開発するきっかけを得ました。その頃,週1回外勤していた病院に入院中の重症心不全末期の患者さんが,看護師に毎日「死ぬ前に一度温泉に入りたい」と口癖のように話していました。当時,重症心不全の患者を温泉に入れることは禁忌でしたが,この患者の夢を叶えてやることができないかと思い,心エコ―図を用いて入浴中の心・血行動態に及ぼす影響を検討しました。その結果,心拍出量は入浴前に比べて入浴中に有意に増加することがわかったのです。また自動昇降式浴槽を用いた入浴では,入浴に伴う酸素消費量の増加はごくわずかであることも確認し,自動昇降式浴槽に霧島温泉の湯を入れて,患者の夢を叶えることができたのです。患者さんの満足度と感謝が強かったので,翌日から自動昇降式浴槽を用いて温泉入浴を毎日施行したところ,心不全症状は1週間ごとに軽減し,退院は無理と診断されていた患者が2カ月後に自宅へ退院できたのです。この症例を経験してから,心不全に対する入浴の臨床研究を開始しました。
心不全患者の同意を得て右頸静脈からSwan-Ganzカテーテルを挿入し,自動昇降式浴槽を用いて入浴前,入浴中,入浴後の心内圧曲線,心エコー図および呼気ガスの同時記録を施行しました。その結果,入浴中は静水圧による静脈還流の増加により,心内圧(右房圧,肺動脈楔入圧,肺動脈圧)は入浴前に比べて有意に上昇しましたが,体を温めて浴槽を下降させて出浴すると,心内圧は入浴前よりも有意に低下したのです。
そこで,静水圧のない乾式遠赤外線サウナ治療室を開発し,サウナ室の側面と頭側に検査用の窓を作成し,サウナ浴中の心エコー図・呼気ガス・心内圧曲線の同時記録を施行しました。その結果,静水圧のない乾式サウナ浴では心内圧は入浴中から低下することが判明しました。そこで入浴温度と入浴時間,深部体温の推移,被検者の心地よさ,発汗量などを詳細に検討して,最終的に和温療法の基本マニュアル「60℃・15分の乾式サウナ浴と出浴後30分の安静保温」を開発したのです。
60℃・15分の遠赤外線サウナ浴中に肺動脈楔入圧,右房圧は有意に低下,30分間の安静保温でさらに低下しました。全身血管抵抗の低下により心臓に対する前負荷および後負荷は軽減し,心不全患者の心拍出量は有意に増加しました。和温療法の心不全に対する急性効果は,1995年のCirculation誌に,「心不全に対する非薬物性血管拡張療法」として掲載されました1)。
ちょうどその頃,私はMayo Clinic心臓部門のChairmanであったDr. Jamil Tajikから招聘され,心不全に対する和温療法の臨床研究をするために,プロトコールを臨床研究審査会に提出中でした。最初は承認が得られず苦労しましたが,Circulation誌に急性効果の論文が採択されると承認され,Mayo Clinicに遠赤外線サウナ治療室を作成して臨床研究を行い,和温療法は心不全患者に有効であることを確認しました2)。
1995年に開催された日本内科学会のシンポジウム「心不全の病態と治療」に,「QOLの向上を重視した慢性心不全の治療―和温療法による臨床的検討」と題して発表しました3)。当時,日本における心臓リハビリテーションは,心筋梗塞に対する運動療法が主で,心不全に対する運動療法はまだ施行されていませんでした。そこで私は慢性心不全治療の目標に,「生存期間の延長」と「QOLの改善」を挙げ,心不全の包括的治療・リハビリテーションに和温療法と運動療法の組み合わせが重要であると考えました。
運動療法は運動能力の増進に有用ですが,心臓に対しては増負荷であるために,重症心不全には限界があります。これに対して,和温療法は心臓に対して減負荷であるため,Stage Dの症例にも有用です。カテコールアミン点滴の離脱ができず退院できない重症例に,和温療法を追加することでカテコールアミンの離脱が可能となり,自宅へ軽快退院できた症例を多数経験しています。
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