特発性肺動脈性肺高血圧症・遺伝性肺動脈性肺高血圧症は,発症頻度が100万人に1~2人というきわめて稀な肺高血圧症である。若年女性に多く,治療介入を行わなかった場合,診断からの平均生存期間が2.8年と予後不良の疾患である。1990年代のエポプロステノールを皮切りに作用機序の異なる薬剤が次々に臨床応用され,生命予後が飛躍的に改善した。
まず,労作時呼吸苦,全身倦怠感,胸痛,失神発作などから肺高血圧症を疑うことが診断のポイントとなる。心電図,胸部X線写真から肺高血圧症の存在が疑われた場合,心エコー・ドプラー法により肺高血圧症の診断と半定量評価を行う。次に,肺高血圧症をきたす疾患として左心疾患,肺疾患を除外し,肺換気血流シンチグラフィーで慢性血栓塞栓性肺高血圧症を除外することで肺動脈性肺高血圧症と診断される。肺高血圧症の確定診断のためには,右心カテーテルによる血行動態評価が必須である。さらに,肺動脈性肺高血圧症をきたす結合組織病,門脈圧亢進症,先天性心疾患などを除外し,最終的に特発性肺動脈性肺高血圧症・遺伝性肺動脈性肺高血圧症と診断される。
これらの病態の鑑別は困難な場合も多く,病態によっては治療方針がまったく異なるため,正確な病態把握が重要である。正しい診断のために経験豊富な専門施設で評価されることが望ましい。
診断確定後に,一般的対応や支持療法と並行して,右心カテーテル検査時に急性肺血管反応試験を実施する。陽性例にはまずCa拮抗薬での治療を検討する。陰性の場合は,速やかに肺血管拡張薬を使用する。肺血管拡張薬として現在,プロスタサイクリンとその誘導体,エンドセリン受容体拮抗薬,ホスホジエステラーゼ5阻害薬とグアニル酸シクラーゼ刺激薬という3系統の情報伝達経路に介入する薬剤が使用可能である。
治療法の選択にあたっては,診断時のNYHA/WHO機能分類を含めた予後予測因子に基づき重症度を評価する。わが国では,特に予後決定因子として最も重要とされる平均肺動脈圧を重視して重症度が評価されている。重症度と合併疾患,また治療に対する反応性などに応じて薬剤の選択・治療の強化を検討する。
その際,エポプロステノールに代表されるプロスタグランジン製剤の持続静注・皮下注射の使用にあたっては,十分な経験が必要であるため,専門施設で実施されることが望ましい。
特発性肺動脈性肺高血圧症・遺伝性肺動脈性肺高血圧症に対する治療目標として,わが国の専門施設では,肺血行動態の正常化を可能なかぎりめざすべきと考えられている。肺血管拡張薬の単剤では肺血行動態の改善を得られない場合が多く,現在では異なる作用機序を有する治療薬の併用療法が広く用いられている。特にわが国では保険診療上の制約が少ないこともあり,初期から複数の薬剤をほぼ時間差なく導入する初期併用療法が,高リスク例および中リスク重症例に対して使用され,近年きわめて良好な治療成績を示している。
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