チフスとは通常,チフス菌(Salmonella enterica subsp. enterica serovar Typhi)による腸チフスと,パラチフスA菌(Salmonella enterica subsp. enterica serovar Paratyphi A)によるパラチフスの2つを指す全身性感染症である。一般的な腸炎を呈するサルモネラ感染症とは区別されている。
チフス菌やパラチフスA菌の感染経路は,汚染された食品や水などの経口摂取による。日本では腸チフスが年間30~60例,パラチフスが30例程度発生しているが,大半は輸入感染症であり,海外渡航後の有熱性感染症として重要な位置を占めている。また,渡航歴のない症例や,食中毒事例も散見される。
感染症法では3類感染症に指定されており,診断後直ちに最寄りの保健所を通して都道府県知事へ届けなければならない。
腸チフス,パラチフスの臨床症状は酷似しているが,一般的にパラチフスは腸チフスと比較し軽症である。潜伏期は5~21日間で,摂取した菌量が少ない場合は潜伏期間が長くなるとされているが,年齢や免疫状態にも依存する。典型的には発熱,悪寒で発症し,段階的に病状が進行していく。頭痛も頻度が高い症状のひとつである。発症早期には比較的徐脈がみられることもある。発症から2週目になると,腹痛や特徴的なバラ疹がみられるようになる。下痢を伴うこともあるが,便秘となることも多い。その後3週目には肝脾腫が出現する。チフスが進行し,敗血症性ショックに至る例もある。消化管症状として消化管出血,穿孔が知られ,二次性の菌血症や腹膜炎を伴うこともある。消化管穿孔は小児例と比較し成人例に多く,死亡率に関与する重大な合併症である。頭痛の頻度に比して,急性の精神症状や脊髄炎などの重大な神経学的合併症の頻度は稀とされている。急性脳症症状を呈し,意識障害,せん妄をきたすこともある。急性期の合併症や致死的な敗血症がなければ,症状は徐々に改善をみせはじめ,数週~数カ月を経て軽快する。
HIV感染症の存在は感受性を高めるとされるが,一般的なサルモネラ感染症と異なり,重症化のリスクが極端に高くなるわけではない。しかし,後天性免疫不全症候群をきたしているような症例では腸管穿孔などの合併症のリスクが増大するとされている。
感染後,無症候性保菌者となる症例も存在し,胆囊への定着が知られている。胆石が保菌のリスクとされている。また,チフス菌の保菌と胆囊癌発症の関連性を指摘する意見もある。
確定診断は,臨床検体からのチフス菌,パラチフスA菌の分離による。発熱期には血液培養の感度が高いが,抗菌薬投与後では感度が著しく低下する。骨髄培養が最も感度が高いとされているが,実臨床において検査適応となることは少ない。骨髄培養は抗菌薬投与後も一定の感度を保つ。ほかには糞便,尿,皮膚(バラ疹部位),十二指腸内容物などが用いられる。無症候性保菌者に対しては糞便,胆汁,尿培養を行う。
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