【職場全体の理解を得つつ,本人の性自認に沿ったトイレを使用できるように配慮が必要】
当該社員専用のオールジェンダー用トイレを設置され,そのトイレの使用だけに制限されたこと自体が差別だと,当該社員が訴えたのは当然だと考えます。
生物学的には男性で女性を自認している,いわゆる“Male to Female”あるいは“トランス女性”の当該社員は,現段階では性別適合手術を受けていないけれども医師による診断はなされているとのことですので,まず産業医としては,当該社員から丁寧な聞き取りを行います。そして,ホルモン療法の有無と効果,男性としての性機能の有無とトラブルの恐れ,外見や振る舞いなどを慎重に確認・検討しながら,当該社員専用ではないすべての社員が利用可能なオールジェンダー用トイレ,あるいは本人の性自認に沿った女性用トイレ,いずれの使用も認めていく合理的配慮・環境調整義務が,職場にはあるであろうと考えます1)。
その際,他の社員の心情に配慮しつつ,性同一性障害の専門家による研修会を開くなどして誤解や偏見を解き,職場全体の理解を得るために,慎重な手続きも必要だと考えます。
また,他の女性社員の中からメンタルヘルス障害が発生しているとのこと,誠に残念です。このような事態が生じないように,産業医としては,LGBTQ+の方々のニーズや必要な配慮について研修会を開くなどして,普段から社内の理解を深め,啓発しておく必要があります。さらに,メンタルヘルス障害を発生した女性社員の主治医と連携して,女性社員の心理的抵抗,不安や嫌悪感,あるいは偏見などを緩和し,職場の多様な社員と共生していけるようにするための支援が必要だと思います。
中でも,トイレの使用については,相応の配慮や制限が必要です。メンタルヘルス障害を発生した女性社員は,当該社員が同じトイレを使用することで,身体的に女性だけに限られたトイレを使用するという安心感を制限されたと感じたかもしれません。しかし,女性社員は,すべての女性用トイレ,あるいはすべての社員が利用可能なオールジェンダー用トイレのいずれも使用可能であり,その自由は著しく制限されてはいないと考えられます。
なお,更衣室の利用にあたっては,個室化が進んでいない場合には,身体の露出があり,羞恥心を抱きやすい状況もあると考えられます。そのため,個室化を進めること,使用時間を限定するなどの代替的な対応の工夫も必要と考えられます。
ところで,性別適合手術や戸籍の性別変更がなされていないものの,女性として勤務している経済産業省のトランス女性職員が,本人の性自認に沿ったトイレの使用制限などを巡って,東京地裁に提訴した事案があります。1審では,トイレの使用を含む自認する性別に即した社会生活を送ることを制限されるのは,重要な法的利益の制限にあたり違法とされ,損害賠償を認める判決が出ました。この事案の概要,判決の要旨,判決の意義については文献2に詳述されていますので,参考にして頂きたいと思います。
しかし,その後,控訴審の東京高裁では「経済産業省には他の職員の性的羞恥心や性的不安を考慮し,すべての職員にとって適切な職場環境にする責任があった」として,トイレの使用制限は違法ではないと,1審を覆しています3)。性的マイノリティの権利を認める最近の日本や世界の流れに逆行している判決と考えられ,原告が上告しており,最高裁の判断が待たれているところです。
このように,性別適合手術や戸籍の性別変更をしていないトランスジェンダーの方々の,自らの性自認に基づくトイレの使用に関しては,国内外で統一した解決法がなく,議論が続いています。しかし,偏見や差別に基づかず,当事者の苦痛を軽減することを念頭に,解決をめざして頂きたいと思います。
【文献】
1)山本和儀:産業精保健. 2018;26(2):114-20.
2)第一東京弁護士会司法研究委員会LGBT研究部会, 編:詳解 LGBT企業法務.青林書院, 2021, p179-92.
3)NHK NEWSWEB:性同一性障害の経産省職員 女性用トイレ使用 2審は認めず(2021年5月27日公開).
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210527/k10013054841000.html
【回答者】
山本和儀 山本クリニック院長/EAP産業ストレス研究所所長/日本精神科産業医協会理事/GID(性同一性障害)学会理事