味覚障害の原因としては,薬剤性,特発性,亜鉛欠乏性などが知られている。忘れてはいけない味覚障害の1つに心因性味覚障害がある。味覚障害の原因のうち10%は心因性との報告もある1)。味覚消失のことが多いが,口の中に何もないのに苦味などを感じる場合もある。
五味(酸苦甘辛鹹,現代は辛ではなくうま味)と五臓(肝心脾肺腎)はそれぞれ関連があり,五臓の機能の失調は味覚の変化として現れるという考え方がある。口内が塩辛いときは腎の機能の失調,味覚全体が鈍いときは脾の機能の失調を考える。五臓はあくまでも架空の概念であるのでこの考え方に執着する必要はないが,漢方薬を選択するときに参考となる。
味覚消失は「何を食べても砂を噛んでいるようだ」「美味しくない」「味をまったく感じない」などの訴えである。また「食べる気力がわかない」と患者が訴えたときにも,味覚消失が原因である可能性を考慮する必要がある。
味覚消失は心因性以外の原因でも起きるので,舌炎の有無・唾液分泌減少など口腔の状態のチェック,亜鉛不足の有無,嗅覚低下の有無,内服している薬剤の確認などが必要である。上記の診察で症状が説明できない場合や,亜鉛不足などがあったとしても元気がなくいろいろな訴えがある,心理的ストレスが誘因となった,気分の落ち込みがある場合などは心因性味覚障害の可能性を考える。
心因性と考えた場合,うつ状態のために仕事が手につかない,自殺の危険性があるなど緊急性があると判断したときは,精神科や心療内科など専門医に依頼する必要がある。時間に余裕がありそうな場合は漢方薬の投与を考える。すでに心の治療を受けている場合でも漢方薬を投与する価値はある。漢方薬としては補中益気湯を第一選択薬としている。
味覚消失は脾に機能失調があることを知らせる症状であるので,脾を補う補中益気湯は相応しい漢方薬である。補中益気湯の適応は四肢倦怠感著しい虚弱体質者の体力増強や食欲不振であるが,心の疲労や軽度のうつ傾向にも効果が期待できる。経過が長い症例では食欲低下により亜鉛不足を来す可能性があるが,残念ながら補中益気湯を含め漢方薬の亜鉛含有量は多くないので,その際はポラプレジンク(プロマック®)を併用する。ポラプレジンクは厚労省通知により味覚障害に対して適応外使用が認められている。
津田玄仙の著述である『療治経験筆記』に補中益気湯の使用目標として8つの症候が記載されており,その中の1つに食失味とある。200年以上前にも現代と同じ治療がされていたことは興味深い。