ループ利尿薬トラセミドはフロセミドに比べ、直接的心保護作用で勝る可能性が指摘され、事実、観察研究(TORIC)では慢性心不全(HF)の死亡リスクをフロセミドに比べ有意に抑制していた[Cosın J, et al. 2002]。しかし新たにランダム化比較試験(RCT)を実施したところ、両剤のHF例死亡抑制作用に有意差は認められなかった。米国心臓協会(AHA)学術集会において、Robert J. Mentz氏(デューク大学、米国)が報告した“TRANSFORM-HF”試験を紹介する。同集会は11月5日からシカゴ(米国)で開催された。
本試験の対象は、HFで入院し長期利尿薬治療が必要と考えられた米国の2859例である。左室駆出率(EF)に制限はないが、「≧40%」例では「NT-proBNP上昇」も必要とされた。
平均年齢は65歳、37%が女性、34%が黒人だった。「HF対象のRCTとしてはかなり多様な対象が含まれている」とMentz氏は述べた。
3割弱は新規HF診断例で、「EF≦40%」がほぼ3分の2を占めた。虚血性HFは3割弱である。
入院前ループ利尿薬の内訳は、78%がフロセミドでトラセミドは15%のみだった。また入院前用量はフロセミド換算で66mg/日、退院時は80mg/日で群間差はなかった。
これら2859例は退院時にトラセミド群とフロセミド群にランダム化され、非盲検下で観察された(PROBE試験)。いずれの薬剤も用量は担当医の判断で決められた。
中央値17.4カ月の観察期間後、1次評価項目の「総死亡」はトラセミド群、フロセミド群とも17.0/100例・年で有意差はなかった。Mentz氏はこの発生率を「きわめて高い」と評した。
またこの結果は、年齢、性別、人種、EFや推算糸球体濾過率の高低にかかわらず一貫していた。
2次評価項目の「総死亡・全入院」も同様で、トラセミド群では99.2/100例・年と、フロセミド群(107.6/100例・年)に比べ低値とはなったものの、ハザード比は0.92(95%信頼区間[CI]:0.83-1.02)で有意差には至らなかった。
さて以上はIntention-to-Treat(ITT)解析である。しかし実際には試験開始30日後の時点で、6.7%が割り付け治療をクロスオーバーし、7.0%はループ利尿薬を中止していた。そこでOn-Treatment解析を実施したが、やはり「総死亡」、「総死亡・全入院」ともITT解析と同様の結果となった。
指定討論者のBiykem Bozkurt氏(ベイラー大学、米国)はこの結果に対して以下を指摘した。
まず、HF例の病態進展抑制を比較する試験として「総死亡」という1次評価項目が適切だったかという疑問である。「心血管系(CV)死亡・HF入院」などのほうが適切だった可能性もある。
また、HF標準治療が進歩する中、本試験の「総死亡リスク20%減少」という仮説は楽観的にすぎなかったかとの疑念も呈された。
さらに試験前に8割がフロセミドを使用していたため、そのキャリオーバー作用の有無も懸念されるという。
ただしTRANSFORM-HFは研究者主導の低コスト試験のため、「実用的デザイン」が採用されたという事情がある。すなわち試験参加者の医療機関におけるフォローアップはなく、割り付け後はデューク臨床研究所による電話フォローアップのみ。結果として評価項目は、電話インタビューで得られた「死亡」と「入院」のみとなった(公的記録や入院記録と照合・確認)[Greene SJ, et al. 2021]。そのため、CV転帰や腎転帰は不明である。
その一方、治療群の割り付け以外、試験実施者は一切介入していないため、得られた結果は実臨床への適合性が高い。この点はMentz氏も強調していた。
また同氏によれば、本試験の着想を得たのは8年前だという。その時期であれば「総死亡リスク20%減少」を仮定しても不自然ではなかったのかもしれない。
本試験は、米国国立心肺血液研究所の資金援助を受けて実施された。