【転倒や低位置からの転落でも眼底出血はありうるので,それのみでは虐待と判断できない】
眼科医による乳児の眼底出血の報告や文献は,わが国ではきわめて少ないです。手順としては,患児を散瞳しておいて,体を保持してもらい,開瞼器で瞼を開いて,もし使用できそうな手持ちカメラがあればそれを使い,眼底を撮影して,記録を残しておくのがよいでしょう。観察と記載のポイントとしては,①左右両眼であるかどうか,②網膜に対して,深い層から表層までという意味で,多層性であるかどうか,③部分的ではなくて多発性であるかどうか,に注目するとよいでしょう。
最近は,「AHT(abusive head trauma,乳幼児の虐待による頭部外傷)」と呼ばれることが多くなった「乳幼児揺さぶられ症候群(shaken baby syndrome:SBS)」での網膜出血の主原因は,揺さぶられたときに,網膜に密着している硝子体が網膜を牽引することにより起こる事故である,とされているようです1)。これに対して,乳児の転倒や低い位置からの転落に伴って起こる「中村Ⅰ型」と呼ばれる急性硬膜下血種では,(頭蓋骨の癒合が不完全であるにもかかわらず)硬膜下血種に伴う脳圧亢進によって引き起こされる眼底出血であって,テルソン症候群のような機序で起きると考えられています。
確かにAHTに伴う眼底出血は,「多発性」「重層性」「両側性」などの所見が重なると報告されてきましたが,実は特異的ではないのです。
事故による硬膜下血腫でも,多層性かつ広範囲な眼底出血が明確にありうる,としている論文が2018年に米国から報告されています。日本の児童相談所に相当する機関が目撃者による受傷機転の説明を認証した,「低位落下による事故性の外傷」の8例全例において,眼底出血が認められました。また,そのうち3例は多層性,広範囲のものでした2)。
「眼底出血が多層性,かつ広範囲である」という所見(図1)から,“AHTであるのか,それとも単なる転倒事故の結果であるのか?”という推定は可能でも,その確定はできません。
さらに,最近の米国の総説論文でも,「乳幼児の眼底出血において,外傷性とされるものの原因が“低位置からの転落や転倒事故であるのか,乳幼児を揺さぶる虐待であるのか”の鑑別は,所見のオーバーラップがあり,慎重であるべきである。この鑑別には,眼底出血の重症度と,眼以外の損傷内容を参考に,乳幼児虐待対策チームが家族(養育者)から聴取した既往歴の信憑性を検討して,なされる必要がある」としています3)。
わが国では,児童虐待が疑われると,長期で一時保護されやすい傾向です。その点も考慮して,眼底所見を述べることはできても,「事故か虐待か,鑑別せよ」と要求された場合には,状況や他の外傷の合併から虐待であると判断できるケースを除いて,「眼底所見だけでは決定できない」と慎重に答えるというのが,私の考えです。
【文献】
1)Maguire SA, et al:Eye(Lond). 2013;27(1):28-36.
2)Atkinson N, et al:Pediatr Emerg Care. 2018;34 (12):837-41.
3)Christian CW, et al:Childs Nerv Syst. 2022;doi: 10.1007/s00381-022-05610-8[Epub ahead of print]
【回答者】
清澤源弘 元東京医科歯科大学臨床教授, 自由が丘清澤眼科医院院長