2020年2月12日、夕方に私はいったん船を降り、とあるホテルに向かった。事前に立場を伝えていたが、フロントでの扱いは普段と変わらなかった。
眠ろうとすると携帯電話が鳴った。船で対応した者の扱いに関する意見を求める某厚生労働省医療技官からで、翌日には公表したいという。対応に協力したDMAT※1などの医療関係者には検疫や病原体検査を求めないという内容だった。科学的には、それぞれの行動に応じた感染リスクがある。滞在時間や患者との接触度、個人防護具の使用状況などが影響する。しかし、混乱の中で既に所属機関に復帰した者も多く、追跡や確認が物理的に困難だという。
電話の間に日付は変わっていた。結局、接触者としての振る舞いは、船でのコロナ対応に参加した者各自の判断に委ねられた。その後、所属機関へのウイルス拡散は確認されていないが、精密な追跡や調査が行われたわけではない。
翌朝、私の体調に異変はなかった。学会の準備をしていると突然チャイムが鳴り、ドアの前にはハウスキーパーらしき担当者が立っていた。少し奇妙に感じたが承諾すると、マスクや手袋をした複数の担当者が一斉に部屋に入り、リネンやタオルを急ぎランドリーバッグに詰め込むと、掃除もそこそこに一斉に去った。何が起こったかを考える間もなく、部屋は急に静かになった。
そうか、自分は危険な客なのだ。
幸い退去は求められなかったが、旅館業法には次の記載がある。「営業者は、次に掲げる場合を除いては、宿泊を拒んではならない。宿泊しようとする者が宿泊を通じて人から人に感染し重篤な症状を引き起こすおそれのある感染症にかかっていると明らかに認められるとき……」。つまり、私自身にその兆候があれば、制限を受けたのかもしれない。
この体験は、パンデミックを通じて各所で生じた医療従事者忌避事案の前触れであったように思われる。患者と接する職員というだけで宿泊を拒み、エレベーターの使用を禁止するような事案である。主に漠然とした恐怖や不安に基づく排除行動であるが、これを払拭する手段として、実施意義に乏しい検査を求める声が上がり、行政検査まで要求する事例を見聞きしたことは、今も残念である。
真の感染対策は差別や排除ではなく、完全ではなくとも可及的に代替手段を求めるべきで、常に患者を受け入れることを前提として行うべきである。(続く)
※1 災害派遣医療チーム、厚生労働省が所管する http://www.dmat.jp
櫻井 滋(東八幡平病院危機管理担当顧問)[新型コロナウイルス感染症][ダイヤモンド・プリンセス号]