未知の感染症が迫る場所に自ら飛び込む感染制御担当者とは異なり、感染症指定病院や特定機能病院など高度医療機関に勤務したがゆえに、耐え難い恐怖に駆られる一般的医療従事者に対し、平常心での業務遂行を強いることは必ずしも妥当ではない。
◆
たとえ信頼性は低くてもPCR検査の陰性結果を得ていれば、肩の力が抜け、治療成果は最大化するかもしれない。また、何より陽性結果は厳密な感染対策につながるかもしれない。だから、医師の求めに応じて積極的行政検査を活用することは従事者の不安感を軽減し、過剰死亡を軽減するかもしれない。
◆
これが「行政検査も臨床検査として用いるべき」とするPCR症候群の背景にある論拠の1つであった。しかし、行政検査はあくまでも感染状況をモニタリングするためのサーベイランス手法であり、今でもなお浮き足だった欲求だったと考えている。
一方では、検査が行われていないがゆえに陽性ではないととらえ、無防備のまま患者に接し、院内感染を誘発するかもしれないという主張もあった。これらはいずれも「かもしれない」、つまり新型コロナウイルス感染症(COVID-19)においては仮説のままである。
新興感染症に対し、流行初期から検査体制が万全であることはむしろ稀である。そのような不完全な場面でも、真に必須の医療ならば感染症の有無にかかわらず、医療行為が行われなければならない。つまり陰性確認検査なしでも診断や治療は行われるべきである。
だからこそ、すべての対象を感染者と見なす「ユニバーサル・プリコーション」や「標準予防策」が提唱されてきたはずである。
先の感染症関係法令改正により、COVID-19は季節性インフルエンザと同様の対応が許される感染症に位置づけられた。この改正は感染症学的に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が季節性インフルエンザと同等の感染性や毒力になったという意味ではなく、PCR検査が体温測定のように簡便になったからでもない。少なくとも世界流行の初期段階のような集中治療を要する頻度が低下したことが大きい。
PCRに基づく陰性確認にどのような意味があったのか、むしろリスクとなったのかについては今後、真摯に検証されねばならない。筆者が知る限り、医療機関内の集団感染は検査の多寡に依存するのでなく、医療従事者の予防策順守不足や施設外での行動に端緒を有する例が、医療行為自体に起因する件数よりもはるかに多かったと見ている。同様に、予防策に関する理解もないままに「標準予防策や飛沫予防策では不十分で、空気予防策が必須である」とした立場も検証されねばならない。
わが国ではしばしば、諸外国との比較をもとに行政検査の積極性が問われてきたが、種々の検査が死亡率に影響を与えたかどうかについても、今後さらに検証される必要がある。そうしなければ、今後の新興感染症でも同じ轍を踏むことになる。考えたくはないが、仮にCOVID-19が一時の流行性疾患ではなくなり、HIVのように常に地域に存在する世界になるならば、いわゆる「オプトアウト形式※1のスクリーニング検査」も妥当とされる事態になるかもしれない。(続く)
※1オプトアウト(Opt-out):対象者1人ごとに直接事前同意を得るのではなく、実施についての情報を通知または公開しておき、可能な限り事後における個別の拒否機会を保障する同意取得形式
櫻井 滋(東八幡平病院危機管理担当顧問)[新型コロナウイルス感染症][標準予防策]