医療にリスクはつきものである。しかし、患者の側からすれば、そう簡単に割り切れるものでもないであろう。具体的に数字を示されて何パーセントのリスクだと聞かされても、自分がその中に入るとは思っていない。両者の間には、常に、見方の違いがあるのである。だから事故(有害事象)が起これば紛争となりうる。たとえ納得はできなくても何らかの折り合いをつける必要も出てくる。「医療過誤」か否かが争点となるのである。因果経過も含めた具体的な「予見」ができたか否かが論じられる。「医療の外」の話である。
医療事故調査制度創設からそろそろ10年になるが、制度創設前には10年にもおよぶ混乱の歴史があった。この混乱の歴史が終わりを告げ、医療事故調査制度創設に至ったのは、「医療の内」と「医療の外」を切りわけて、「医療の内」の制度として医療事故調査制度を構築したからである。永年の混乱の元凶であった医師法21条は「医療の外」の問題として、医療事故調査制度は「医療の内」の制度として解決を図ったのである。
「医療の外」の世界には、「紛争(説明責任)」─「医療過誤」─「予見(foreseen)」という構図ができ上がっている。これに対して、「医療の内」の世界に、「医療安全」─「医療事故」─「予期」という構図ができ上がった。専ら「医療安全」の制度として医療法に「医療事故」が定義され、その要件として緩い言葉である「予期(expect)」が使われたのである。医療法で「当該管理者が当該死亡又は死産を『予期』しなかったもの」を「医療事故」と定義した。さらに「予期」という用語の意味は医療法施行規則で規定されたのである。これまで一般用語として、いろいろな意味に使われてきた医療事故という言葉が法的に定義された画期的な出来事である。
「医療の内」の制度、即ち専ら「医療安全」の制度として「医療事故」という言葉が法的な意味を持ち、その要件としての「予期」という言葉も法令上規定された。「医療事故」という言葉は、専ら「医療安全」の用語として、その要件である「予期」という用語とともに新しい法的意味を持ったのである。当時の厚生労働省の担当者をはじめとする関係者の医療事故調査制度創設への思いの結晶である。
「医療事故」とは、「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、当該管理者が当該死亡又は死産を『予期』しなかったもの」なのである。
小田原良治(日本医療法人協会常務理事・医療安全部会長、医療法人尚愛会理事長)[医療法][医療事故調査制度]