東京都立広尾病院事件最高裁判決は、医師法第21条の規定について判旨Ⅱで、①「警察官が犯罪捜査の端緒を得ることを容易にする」ほか、②「場合によっては、警察官が緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図ることを可能にするという役割をも担った行政手続上の義務と解され……」と述べている。この判旨Ⅱの②の「行政手続上の義務」を根拠に、自己が業務上過失致死等に問われる恐れがある場合でも警察届出義務があると主張している人がいるようである。
医師法第21条について、①の「刑事手続上の義務」であれば、憲法第38条1項(自己負罪拒否特権)に直接抵触するが、②の社会防衛という「行政手続上の義務」であれば、結果として刑事責任を問われても憲法第38条1項に抵触せず、許容されるとする見解である。これは間違いと言うべきであろう。
自己負罪拒否特権について、川崎民商事件判決1)で最高裁大法廷は、実質上、刑事責任追及に結びつく作用を一般的に有する行政手続についても憲法第38条1項が適用されると述べており、昭和59年3月27日最高裁第三小法廷判決2)も同様の見解を述べている。また、同判決の横井大三裁判官意見書は、さらに踏み込んで、憲法第38条1項のいわゆる自己負罪拒否特権は、自己が刑事責任を問われることとなるような事項について供述を強要されないことの保障であるから、供述の強要となる限り、刑事手続はもちろん刑事手続に準ずる行政手続にも及ぶと述べている。
もっとも、医師法第21条の社会防衛という「行政手続上の義務」については、既に道路交通法、食品衛生法、感染症法などにより個別的に防止が図られており、実質的に医師法第21条に「行政手続上の義務」としての余地は認めがたいとして合憲根拠にならないとの見解3)もある。
結局、医師法第21条は、これが警察捜査の端緒となれば憲法第38条1項(自己負罪拒否特権)に抵触し、適用違憲となると言えるであろう。いまだに、東京都立広尾病院事件判決の判旨Ⅱを根拠に警察届出を強要する意見があるようであるが、警察捜査の端緒となった時点で医師法第21条は適用違憲となると言えるであろう。東京都立広尾病院事件最高裁判決は、合憲限定解釈によるものであり、判旨Ⅰに基づき、医師法第21条にいう「異状」とは、死体の外表面の「異状」と解釈すべきなのである4)。
【文献】
1)昭和44(あ)734(昭和47年11月22日判決):刑集. 26(9):554.
2)昭和58(あ)180(昭和59年3月27日判決):刑集. 38(5):2037.
3) 高山佳奈子:異状死体の届出義務. 医事法判例百選. 宇津木伸, 他, 編. 有斐閣, 2006, p8-9.
4) 小島崇宏:異状死体の届出義務. 医事法判例百選[第3版]. 甲斐克則, 他, 編. 有斐閣, 2022, p6-7.
小田原良治(日本医療法人協会常務理事・医療安全部会長、医療法人尚愛会理事長)[憲法第38条1項]