【睡眠の量・質を改善し,体内時計を同調させる治療が必要】
起立性調節障害は自律神経系の不調による循環調節不全です。自律神経系に影響する因子には,体内時計(体内リズム),睡眠,身体活動,感覚刺激(視覚,聴覚,平衡感覚,触覚,圧覚,固有覚,内臓感覚など),心理的ストレス,自動思考と情動,腸内細菌などが挙げられます1)。そして,循環調節機能には個人差と年齢による変化があります。起立性調節障害はこれら複数の因子が絡み合って発症しているため,循環調節不全に注目した従来治療(食塩水摂取,メトリジン投与)に反応しない症例は少なくありません。多くの症例で自律神経系の不調に対するアプローチが必要になります。
循環調節機能の個人差による起立性調節障害の場合,朝起きることが困難なために起床時刻が日ごとに異なり,体内時計の脱同調をしばしば伴います。また,睡眠の量・質が不足した場合にも,朝起きることが困難になり,体内時計の脱同調により起立性調節障害の症状が出ます。そこで,医療者が取り組むべきことは,全身の体内時計を同調させて体内リズムを整えることにあると私は考えています。これだけで,起立性調節障害の症状が軽快もしくは消失し,従来の治療が必要なくなる症例を数多く経験しています。
全身の体内時計を同調させるためには,「適切な夜間睡眠時間を確保する」「起床時刻をほぼ一定にする」「起床後1時間以内に朝食を摂る」の3つが必要です2)。適切な夜間睡眠時間の目安は,小学校低学年で10時間,中学生で9時間,高校生で8時間程度ですが,個人差があります。そのため,適切な夜間睡眠時間が確保されている目安として,「①朝ほぼ決まった時刻に自分で目覚める,②気持ち良く起きられる,③午前中に眠気がない,④朝ごはんを食べられる」の4徴候が実用的で役立ちます。
文明の進歩とともに,明るい夜をつくることができ,インターネットなどで24時間社会とつながることができる環境では,「適切な夜間睡眠時間を確保して,体内リズムを整える」ことが難しくなっています。加えて,学校生活・塾・習い事などで忙しいと,起立性調節障害の症状を訴える児童生徒が増えるのは必然ではないかと考えています。そこで,診療の場では,夜間睡眠の生理的意義と良い眠りを得るための工夫を伝える睡眠衛生指導を行い3),有酸素運動を推奨し,支持的関わりの中で塾や習い事などを見直して,夜間睡眠時間の確保を最優先にする生活指導を行っています。
学校に行けなくなっている子には,現状を受け入れ,自分の心と体を大切にするための取り組みであることを伝えます。登校の促しをせず,登校については本人の判断にゆだねます。
また,発達特性や感覚特性のためにうまく眠れない体質の子には,メラトニン製剤などを利用します。フラッシュバック・悪夢や易刺激性のために眠りが妨げられている場合には,環境調整とともに薬物治療(リスペリドン,アリピプラゾール)が必要になる場合があります。
【文献】
1)田村直俊:神経治療. 2016;33(6):658-63.
2)Hara R, et al:Genes to Cells. 2001;6(3):269-78.
3)兵庫県県民生活部男女青少年課:子どもの健康に配慮した適切なスマートフォン等の利用に関するガイドライン. 2023年8月1日.
【回答者】
菊池 清 兵庫県立リハビリテーション中央病院子どものリハビリテーション・睡眠・発達医療センター長