2月7日から3日間、米国フェニックス(アリゾナ州)で国際脳卒中学会(ISC)が開催された(Webでも同時開催)。いわゆる「ブレークスルー」となるような報告は少なかったものの、その分、一般演題が充実していたように感じられた。ここでは脳卒中「亜急性期」「慢性期」の話題を中心に紹介したい(2月Web報告を整理・再録)。
昨年の欧州脳卒中学会で報告され、今回のISC初日に論文が公開されたARCADIA試験1)から2つの追加解析が報告された。同試験では心房細動(AF)非合併「心房器質異常」(atrial cardiopathy:abnormal atrial tissue substrate)2)に対し、抗凝固療法の有用性は抗血小板薬を上回らなかった。しかし今回の追加解析では、対象として「心房器質異常」例が適切に選択されていたか否かが問われた。
まずARCADIA試験の概略だが、証明を試みた仮説は、AFは認めないものの「心房に器質的異常がある」と考えられた潜因性脳梗塞既往例では、抗凝固療法の有用性が抗血小板薬を上回るというものである。
背景に存在する仮説は「AFそのものだけが脳梗塞リスクを高めているのではなく、AF発症の基礎にある(はずの)心房器質異常が脳塞栓症リスクの大元だ」とするモデルである2)。
そこで北米で登録された1015例を直接経口抗凝固薬(DOAC)群とアスピリン群にランダム化し、脳梗塞再発リスクが比較された。しかしDOAC群における脳梗塞再発ハザード比(HR)は1.00(95%信頼区間[CI]:0.64−1.55)で抗血小板薬と差はなかった。
参考までに今回のISCでは米国・ワシントン大学のDavid L Tirschwell氏らにより、同試験のon-treatment解析も示されている。不忍容による服用中止に加え、アスピリン群ではAF検出後DOAC追加が義務付けられており、その時点でアスピリンを中止した例もある。そのような割り付け薬非服用例を除外して解析すると、DOAC群における脳梗塞再発リスクは有意ではないが著明な低下傾向を認めた(HR:0.68、95%CI:0.40−1.16)。
ARCADIA試験は米国国立衛生研究所傘下の米国国立神経疾患・脳卒中研究所から資金提供を受けて実施された。またDOACは製薬会社から無償提供を受けた。
今回のISCで話題となったのは先述の通り、ARCADIA試験で用いられた「心房器質異常」マーカーが妥当だったかという点である。米国・コロンビア大学のMitchell S. V Elkind氏は、否定的な解析を報告した。同氏によれば、ARCADIA試験で用いられた「心房器質異常」マーカー中、実際に脳梗塞再発リスクと相関していたのは1つだけだった。
同氏は「心房器質異常」のマーカーとされた「V1誘導P Terminal Force(PTFV1)≧5000μV×ms」、「NT-proBNP≧250pg/mL」、「左房径指数(LADI)≧3cm/m2」それぞれと「脳卒中」の相関を解析した。その結果、諸因子補正後「脳卒中」リスク上昇と相関していたのは「NT-proBNP」高値のみで、「PTFV1」と「LADI」はまったく相関が認められなかった。評価項目を「脳卒中」ではなく「脳梗塞再発・全身性塞栓症」に変更しても結果は同様で、「PTFV1」と「LADI」の上昇に伴うリスク増加は傾向さえ認められなかった。
ちなみに、ARCADIA試験参加例で「LADI≧3cm/m2」だったのは1.3%のみだった。それ以上左房が拡大するとAFを発症して試験から除外されたからだろう(AF発症前の心房器質異常マーカーとしては不適切)というのが、Elkind氏の見立てだった。
同氏は「NT-proBNP」についても、本当に「心房器質異常」のマーカーなのか、すなわち他心疾患を反映している可能性がないかを問うた。その上で今後「心房器質異常」のより適切なマーカーを探す必要があると述べ、「異所性興奮」「心MRI所見」「炎症・内皮障害」などのマーカーを候補として挙げた。
一方、上記3マーカーと「脳卒中リスク」ではなく、「AF発症リスク」の相関を検討したのは米国・ワイルコーネル医科大学のHooman Kamel氏である。同氏の前提は「AF発症」こそ「心房器質異常」の目印だというものだった。
解析対象としたのは、ARCADIA試験参加に同意した3745例。実際に参加した1015例ではない。これら3745例中6.8%が参加同意表明後、新規にAFを発症した。
そこで「心房器質異常」マーカーと新規AF発症リスクの関係を見ると、未補正なら「NT-proBNP」「PTFV1」「LADI」のいずれも、高値に伴うAF新規発症リスクの増大を認めた。ただし3マーカーを同じモデルに入れて解析すると、「PTFV1」とAF発症リスク間の相関は消失した。AF発症リスク上昇幅は「NT-proBNP」が最大で、次は「LADI」だった。
この結果は、実際にランダム化された例のみで検討しても同様だった。すなわちAF新規発症リスクと有意に相関していたのは「NT-proBNP」と「LADI」のみであり、「PTFV1」は相関していなかった。
Kamel氏はこの結果から、ARCADIA試験における「心房器質異常」マーカーが「最適ではなかった」とまでは言えないとしながらも、「より重篤な心房器質異常を特定できるマーカー」の発見が重要だと強調した。
「心房器質異常」マーカーをめぐるさらなる議論を待ちたい。
血栓回収療法の適応があると考えられる脳梗塞例では、頭位「30度挙上」で治療を待つよりも「水平仰臥位」で待機したほうが急性期の神経症状増悪は著明に抑制されることが、ランダム化比較試験(RCT)“ZODIAC”により明らかになった。加えて遠隔期機能転帰が改善できる可能性も示された。1968年に「脳梗塞急性期の頭位挙上による血流減少を介した症状増悪」の可能性が指摘されてから3)、初めて水平仰臥位の有用性が証明された形である。米国・テネシー・ヘルス・サイエンス・センター大学のAnne Alexandrov氏が報告した。
ZODIAC試験の対象は臨床的に安定した、血栓回収療法予定の脳主幹動脈閉塞疑い92例である。「水平仰臥位」が危険と考えられる例は除外されている(要呼吸管理、心不全など)。米国12施設から登録された。当初は182例登録予定だったが、「水平仰臥位」群の優越性が明らかになったため、早期中止となった。平均年齢は65歳強、中大脳動脈梗塞がおよそ8割を占めた。ASPECTS中央値は「8」、観察開始時のNIHSS中央値は「10」、mRSは98%が「0−1」だった。
これら92例は画像診断で脳出血が除外された時点で即、頭位「30度挙上」群と「水平仰臥位」群にランダム化され治療開始を待った。頭位挙上角度の維持は、研究者が付き添い常時確保した。1次評価項目は血栓回収療法直前の「NIHSS」である。「2ポイント以上増悪の有無」が比較された。NIHSS評価は、プロトコールを知らされていない(臨床試験だと知らない)専門看護師が実施した(PROBE法)。
その結果、血栓回収療法直前における「2ポイント以上のNIHSS増悪」は、頭位「30度挙上」群の55.3%に対し「水平仰臥位」群では2.2%のみだった(P<0.001)。「4ポイント以上のNIHSS増悪」(2次評価項目)で比較しても同様で、頭位「30度挙上」群に対する「水平仰臥位」群における著減が確認された(42.6% vs. 2.2%、P≦0.001)。「30度挙上」群における増悪は、いずれもランダム化10分後から著明となっていた。
血栓回収療法前の症候性頭蓋内出血は「水平仰臥位」群では皆無、「30度挙上」群で1例だった。また院内肺炎(2次評価項目)は両群とも皆無だった。一方90日間死亡率(2次評価項目)は、「30度挙上」群のほうが有意に高かった(21.7% vs. 4.4%、P =0.03)。
本研究は米国国立看護研究所から資金提供を受けて実施された。
わが国の「脳卒中治療ガイドライン2021〔改訂2023〕」では脳卒中後の使用が「妥当」「考慮しても良い」とされているセロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)とセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)だが、抗血小板薬2剤併用(DAPT)例や65歳以上の経口抗凝固薬(OAC)服用例では出血リスクが増加する可能性が明らかになった。米国・UT サウスウェスタン・メディカル・センターのKent P. Simmonds氏が報告した。
発症後亜急性期の脳梗塞例を対象にSSRI/SNRIの出血リスクを評価したのは、本研究が初めてだという。
今回Simmonds氏らが解析に用いたのは、全米70施設の診療データからなるデータベースである。脳梗塞発症後90日以内にSSRIまたはSNRIを初めて開始した4万136例と抗うつ薬を開始しなかった61万2868例が抽出され、背景因子を傾向スコアでマッチした3万6838組(7万3676例)が解析対象となった。補正前の数字では脳梗塞発症例の5.9%が、90日以内にSSRI/SNRIを開始していた計算である。
これら7万3676例を対象に、脳梗塞発症後1年間の「全出血」と「脳出血」「転倒・骨折」「死亡」リスクを、「SSRI/SNRI開始」群と「抗うつ薬非開始」群間で比較した。
その結果、脳梗塞発症後1年間の「全出血」「脳出血」とも「SSRI/SNRI開始」群と「抗うつ薬非開始」群に有意差はなかった。すなわち「開始」群における相対リスク(RR)は「全出血」が0.99(95%信頼区間[CI]:0.96−1.04)、「脳出血」が1.03(95%CI:0.99−1.08)だった。「死亡」も0.97(95%CI:0.94−1.01)と同様だった。一方「転倒・骨折」リスクは「SSRI/SNRI開始」群で0.89(95%CI:0.84−0.95)と有意に低かった。
ただし脳梗塞発症後DAPT例(1万5072例)で比較すると結果は異なり、「SSRI/SNRI開始」群におけるRRは「全出血」で1.11(95%CI:1.00−1.24)、「転倒・骨折」で1.24(95%CI:1.08−1.43)とリスクの有意上昇が見られた。一方「脳出血」と「死亡」リスクに有意差はない。
脳梗塞発症後にOACを服用していた1万5884例では、「全出血」と「脳出血」「転倒・骨折」「死亡」のいずれも、「SSRI/SNRI開始」群におけるリスク有意増加は認められなかった。ただし「65歳以上」のOAC服用例だけ(9592例)で検討すると「SSRI/SNRI開始」群は「全出血」と「脳出血」「死亡」のRRがいずれも有意に高くなっていた。
Simmonds氏は本解析がSSRI/SNRIによる「有効性を評価していない」という限界があると認めつつ、脳梗塞後亜急性期までの「SSRI/SNRI開始」は、DAPT服用例、あるいは65歳以上のOAC服用例では慎重に検討すべきとの考えを示した。
本研究には申告すべき利益相反はないとのことである。
日本では「生殖補助医療」(ART)の利用者が多く、新生児の17人に1人(6.2%)はARTにより誕生している(2018年)4)。しかしART後に妊娠すると、周分娩期の脳卒中リスクは通常に比べ2倍以上となる可能性がある。米国・プレスビタリアン=ワイルコーネル医療センターのAlis J Dicpinigaitis氏が、米国大規模データの解析結果として報告した。
ARTに伴う脳卒中リスク上昇はこれまで、肯定する報告5)と否定する報告6)が混在していた。そこでそれらを上回るサンプル数での検証に至ったという。
今回解析対象となったのは、15歳以上55歳以下の出産入院1900万例強である。米国最大級の入院例レジストリ(National Inpatient Sample)から抽出した。
入院期間中の「脳血管障害」発症率と「妊娠前ART」実施率の相関を検討した。脳血管障害の内訳は、「脳梗塞」「脳出血」「くも膜下出血」「脳静脈血栓症」である。
上記1900万例強中、ARTの実施歴があったのはおよそ20万例(1.1%)だった。
まず入院中「脳血管障害」の発症率は、ART「実施」群で「非実施」群に比べ著明に高値となっていた(27.3 vs. 9.1/10万人年)。「脳血管障害」の内訳別に比較しても、「脳梗塞」「脳出血」「くも膜下出血」「脳静脈血栓症」のいずれも、ART「実施」群の発症率は「非実施」群に比べ3~4倍の有意高値だった。
次にART「実施」群と「非実施」群の入院中「脳血管障害」リスクを多変量解析で比較した。その際、解析前にまず、傾向スコアを用いた「確率逆重み付け」で両群の背景因子均等化を図った。その結果、ART「実施」群における「脳血管障害」オッズ比(OR)は、2.14(95%信頼区間[CI]:2.02−2.26)という有意高値だった。中でも「脳出血」のリスク増加が著明だった(OR:5.37、95%CI:4.82−5.98)。
Dicpinigaitis氏は「ARTを危険視して避けるべきではない」としながらも、希望者に対しては「リスク評価を含めたカウンセリング」が必要とし、「ARTを施行するのであれば既知の脳卒中リスク因子の管理も開始すべきだ」と述べた。
本研究は外部資金を受けていない。また学会報告に先立つ2月1日、Stroke誌に掲載された7)。
COVID-19に対するmRNAワクチンは、前例のない技術を用いていることもあり、安全性を懸念する向きもあった。同ワクチンによる脳血管障害リスク増加もその1つである。ただし観察研究の結果は一致しない。そこで直接、脳MRI所見で比較しようと思い立ったのが、香港中文大学のIp Yiu Ming Bonaventure氏である。その結果、COVID-19ワクチンはmRNA型、従来型のいずれも非接種例に比べ脳MRI所見を増悪させないことが明らかになった。
COVID-19 mRNAワクチンにより発現が誘導されるスパイク蛋白は理論上、ACE2受容体に結合しうる。ACE2は心血管系保護的に作用するため、スパイク蛋白過結合による同受容体のダウンレギュレーションなどを介してACE2の作用が減弱するのであれば、「mRNAワクチンによる心血管系障害惹起」も「理屈」としては否定できない。
解析対象となったのは香港在住の40歳以上でパンデミック前の脳MRI画像と血液検査結果があり、かつ神経疾患を認めない415例である。登録後の COVID-19ワクチン接種状況に従い以下の3群に分けた。すなわち、BNT162b2(ファイザー・ビオンテック社製mRNAワクチン)接種群(190例)、CoronaVac(シノバック社製・不活性化ウイルスワクチン)接種群(152例)、ワクチン非接種群(73例)である。
ワクチン接種群では最後の接種から12~20週間後に「脳MRI」を実施した。非接種群でも同様に、パンデミック前の脳MRI実施からの期間が接種群と同等になるタイミングで「脳MRI」を実施した。評価されたのは「脳血管系異常所見」である。内訳は「白質病変進展、新規微小出血・微小梗塞、血管周囲腔拡大、新規ラクナ梗塞、新規頭蓋内動脈狭窄閉塞性病変、新規動脈瘤」とされた。
全体の26.3%に新規の「脳血管系異常所見」を認めた。
ただしワクチン接種の有無はこのリスクに影響を与えていなかった。すなわち、非接種群と比べた「脳血管系異常所見」オッズ比(OR)は、年齢・性別・COVID-19感染・観察開始時MRI諸所見補正後、mRNAワクチン接種群で0.77(95%信頼区間[CI]:0.37−1.59)、不活性化ワクチン接種群でも0.51(95%CI:0.25−1.06)だった。またmRNAワクチン接種群と不活性化ワクチン接種群間で比較しても、「脳血管系異常所見」ORに有意差はなかった。
余談までに記すと、「高脂血症」の「MRI上脳異常所見」ORは1.81の有意高値だった(95%CI:1.02−3.19)。ワクチン絡みで「脳の安全」が気になる人たちは、まずこちらを心配すべきではないか。
本研究はHong Kong Research Grants Councilから資金提供を受けた。
【文献】
1)Kamel H, et al:JAMA. 2024;331(7):573-81.
2)Kamel H, et al:Stroke. 2016;47(3):895-900.
3)Toole JF:N Engl J Med. 1968;279(6):307-11.
4)相川哲也, 他:ESRI Res Not. 2022;66:1-70.
5)Sachdev D, et al:JAMA Netw Open. 2023;6(8):e233 1470.
6)Ge SQ, et al:J Investig Med. 2019;67(4):729-35.
7)Dicpinigaitis AJ, et al:Stroke. 2024;DOI:10.1161/STROKEAHA.124.046419