11月に厚生労働省で行われた「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」で、参考人として招致された弁護士の方が「産科医は医療安全に前のめりすぎており、もっとバランスを取るべき」という趣旨の発言をし、医師側の反発をまねいて議論が紛糾したと報じられました。
約4000人に1人は分娩時に1万L以上の大量出血をすることがありますが、今の日本の周産期医療のバックアップ体制により、可能な限りそのような方たちの命も救うことができ、世界最高レベルの周産期医療の安全性を維持しています。ただそのためには当然コストがかかります。
分娩費用が保険適用化されると今の周産期医療を維持することが難しいと予想され、産婦人科医側は反発しており、冒頭の弁護士の方は、医療安全にこだわりすぎずにバランスを取るべき、と仰っているのですが、助けられる命も助ける必要がないと言っているわけではない、とのことでどうにも意見がかみ合っていないように見えます。
そもそも、医療安全にこだわり、助けられる命に全力を尽くすのは、産婦人科に限った話ではなく、日本においては全科に共通しているのではないでしょうか。
そして、産婦人科医が反発しているのは「保険適用化」そのものではなく、「分娩1件当たりの費用が今よりも減ること」ではないでしょうか。
今の周産期医療を維持するために十分な収入が確保されるのであれば保険診療であろうとなにであろうと問題はないはずで、ただ、現状の議論をみるに、保険適用化されると今よりも分娩費用が減ると予想されるため、反発していると思われます。
全国一律の診療報酬で運用されている保険診療制度は、産婦人科に限らず他科でも、地域や医療機関によっては成り立っておらず、保険診療の病院の6割以上は赤字です。資材や光熱費、人件費などが上昇しているにもかかわらず診療報酬が年々低下しているので当然です。ましてや出生数は年々低下しているので、同じ医療を維持するためには1件当たりのコストが上がりますし、1件当たりのコストを上げずに医療の質を維持するためには「集約化」が必要でしょう。そうなると、最寄りの分娩施設がかなり遠い、という地域もでてくるかと思います。
分娩費用の保険適用化について、本質的な議論がされることと、これを機に保険診療そのものについても建設的な見直しがなされてほしいと期待します。
稲葉可奈子(産婦人科専門医・Inaba Clinic院長)[分娩費用][集約化][保険適用化]