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個人と集団における血圧低下の意義の違い

No.4752 (2015年05月23日発行) P.57

岡村智教 (慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室 教授)

登録日: 2015-05-23

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

1981年から始まった循環器疾患対策により,茨城県協和町(現・筑西市協和地区)では1980年代前半から1990年代後半の約20年間で,たとえば50歳代の男性での平均収縮期血圧は集団全体で139.1mmHgから134.0mmHgに低下しました。すなわち約5mmHgの低下ですが,集団全体における5mmHg低下のインパクトを一般の方々に理解して頂くのに難儀することがあります。
血圧を連続で測定すれば5mmHgくらい変動することはよく経験するためだと思われますが,この点をどのように説明すれば理解が得られやすいのか,慶應義塾大学・岡村智教先生にコツを教えて頂ければ幸いです。
【質問者】
山岸良匡:筑波大学医学医療系社会健康医学講師

【A】

まず個人の血圧値と集団の平均血圧レベルの違いについてきちんと理解しておく必要があります。
何百人,何千人という人の血圧を測定してその分布をみると,平均値を頂点とした左右対称の山型になります。これを正規分布と言いますが,平均血圧が5mmHg下がるということは,この山の頂点が低いほうに5mmHg動いたということになります。これが何を意味しているか具体的な例で説明します。
確かに血圧が高いほど脳・心血管疾患を発症しやすいのですが,血圧が非常に高い人の人数はそれほど多くありません。実際に脳・心血管疾患の患者さんはもっと人数が多い,より低めの血圧レベルからたくさん発症してきます。
統合コホート研究EPOCH-JAPAN(evidence for cardiovascular prevention from observational cohorts in Japan)の7万人の10年追跡結果をみると,40~64歳の至適血圧〔収縮期血圧(systolic blood pressure:SBP)<120 mmHgかつ拡張期血圧(diastolic blood pressure:DBP)<80
mmHg〕の脳・心血管疾患死亡率を1とした場合,正常高値血圧(SBP 130~139mmHgまたはDBP
85~89mmHg)は1.94,Ⅰ度高血圧(SBP 140~159
mmHgまたはDBP 90~99mmHg)は2.99,Ⅲ度高血圧(SBP≧180mmHgまたはDBP≧110
mmHg)は8.5と相対危険度には大きな差があります。
しかし,実際の死亡者数は,正常高値血圧から102人,Ⅰ度高血圧から194人,Ⅲ度高血圧から71人でした。これはそもそもⅢ度高血圧の人が少ないためで,どんなに相対リスクが大きくても,人数が少ない区分からはたくさんの患者さんは出てきません。
このように個人の相対リスクは大きくないけれども,人数が多いために集団としては公衆衛生上の大きな脅威となる人たちをどのように取り扱うかが大きな課題になります。人数の少ないハイリスク者は丁寧に拾い上げて適切な保健指導や治療を行えばよいのですが,たとえば,正常高値血圧まで治療の対象とすることは現実的ではありません。
しかし,協和町のように生活習慣の改善などを通じて集団全体の平均血圧レベルを低いほうへシフトできれば,大勢の人のリスクを少しずつですが低いほうへシフトできたことになります。そして,人数が多いゆえにこの少しのシフトが大きな予防効果をもたらすことになります。このような介入を,ポピュレーション・アプローチと言います。
厚生労働省の「健康日本21」(第二次)では,減塩や身体活動量の増加により日本人の収縮期血圧の平均値を4mmHg減少させるという目標を立てています。
「健康日本21(第二次)の推進に関する参考資料」によると,平均血圧が4mmHg低くなることにより,脳血管疾患死亡率は男性で8.9%,女性で5.8%,虚血性心疾患死亡率は男性で5.4%,女性で7.2%減少します。その結果,脳・心血管疾患死亡者数は1年当たり約1万4000人減少すると試算されています。このようにポピュレーション・アプローチは大きな潜在効果を持っています。
しかしながら,ポピュレーション・アプローチを推進する上での障害として,一般市民がその意義を理解してくれるかどうかという点があります。大多数の人にとって遠い将来の小さな疾病発症リスクは関心の外にあり,単純な情報提供で行動変容させることは困難です。減塩を進めるなら減塩食材や減塩メニューの普及,身体活動量を増やしたいのであれば遊歩道の整備や余暇時間の増加,禁煙を進めるなら,まず分煙を徹底してたばこを吸える場所を少なくするなど,環境整備面での下支えが必要です。

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