【Q】
明らかな幻覚妄想は認めず,統合失調症と診断されるほどではないものの,注察感,被害関係念慮などの,いわゆる前駆状態とされる症状を間欠的に認め,経過をみていると,数年後に発症してしまうことがあります。治療として,どの時期からどのような介入が可能でしょうか。薬物療法や認知行動療法が,精神病への移行率を低くするということはしばしば聞きますが,わが国で現在できる具体的な治療方法について,東北大学・松本和紀先生のご教示をお願いします。
【質問者】
久我弘典:国立病院機構肥前精神医療センター
【A】
いわゆる前駆状態とされる症例は,それが本当にあとで顕在発症する統合失調症の前駆期か否かを前方視的に正しく判断することは,現在の精神医学では困難です。そこで,この考え方に代わり,統合失調症を含めた精神病状態へと将来移行するリスクが高い状態をat risk mental state(ARMS)と呼び,治療や研究を行うことが一般的になってきています。
ARMSから精神病状態へと移行する割合は,様々な研究によるメタ解析(文献1)では,1年間で22%,3年間で32%とされており,東北大学病院の専門サービスに通う患者を対象とした継続調査によると,30カ月で17.5%の移行率となっています(文献2)。つまり,ARMSは必ずしも統合失調症になるわけではなく,その経過は多様だということです。
認知行動療法や薬物療法によるARMSへの特別な介入は,精神病状態への移行リスクをおよそ半減させることが知られています(文献3)。しかし,実際の現場での治療は,“特別”な治療をするのではなく,精神疾患の早期段階にある若者への一般的な治療や支援を組み合わせます。その際に最も大切なことは,治療の前提となる本人との信頼関係を構築し,これを維持することです。初めて精神科で治療を受ける若者は,様々な不安や心配を抱いて受診しています。治療に対する動機も一貫しているとは限りません。適切な治療を提供するためにも,まずは,通院することが役に立つという実感を本人に持って頂く必要があります。
したがって,診療では本人が困っている具体的な問題や症状を標的にします。これは,必ずしも精神病性の症状とは限りません。不登校,自傷行為,人前での緊張などが問題として挙げられるかもしれません。本人の動機を高めることが治療の推進力となるので,治療者は具体的な目標を一緒に探し,その実現に向けて協働的に取り組む同伴者となります。家族と同居している若い方も多いので,家族の話もよく聞き,家族にも治療や対応について理解してもらうことが大切です。
不安やうつが前景に立っている場合には,これを標的とした治療を行います。この場合,抗うつ薬や認知行動療法が治療の選択肢となるでしょう。ただし,抗うつ薬の使用については,自殺念慮や焦燥が強まる人や双極性の特徴を持つ人もいますので注意が必要です。構造的な認知行動療法の提供が難しい場合でも,本人の問題や症状に合わせて,認知行動的アプローチを治療に取り入れることが役に立つでしょう。たとえば,問題解決的アプローチ,気分のモニタリング,行動活性化,認知再構成,行動実験,アサーティブ・トレーニング,動機づけ面接などがあります。
副作用のリスクがあることから,抗精神病薬の使用はARMSに対する治療の第一選択とは考えられていません。しかし,急速に症状が悪化している場合,自殺のリスクがきわめて高く,ほかのあらゆる治療が効果を示さない場合,焦燥や敵意が増大し,他害のリスクが高まっている場合などでは,抗精神病薬の使用が検討されます。
【文献】
1) Fusar-Poli P, et al:JAMA Psychiatry. 2013;70(1):107-20.
2) Katsura M, et al:Schizophr Res. 2014;158(1-3):32-8.
3) van der Gaag M, et al:Schizophr Res. 2013;149(1-3):56-62.