【Q】
学校健診にて心電図異常が指摘された生徒への運動制限に関して。
陸上での競技(野球,サッカーなど)の運動が可能か否かについては,運動負荷心電図による不整脈の出現,心電図変化,本人の症状の有無などから判定することができると思われるが,水泳が可能か否かについてはどのように判定すればよいか(すべての生徒に防水型のホルター心電図検査を実施するのも非現実的なように思う)。 (埼玉県 I)
【A】
1973年に学校心臓検診が全国で始まり,1995年に小学校1年生,中学校1年生,高校1年生全員を対象にした心電図検査が義務化された。全国の生徒全員を対象として学校心臓検診を行うため,治療不要な不整脈症例を含め多くの無症状不整脈症例が発見される。
本回答では小児循環器学会より出された「器質的心疾患を認めない不整脈の学校生活管理指導ガイドライン(2013年改訂版)」(文献1)に基づき説明する。
[1]器質的心疾患を認めない不整脈のうち,運動制限が必要となるもの
運動制限の目的は,不整脈による心臓突然死の予防,不整脈による運動時の心臓に対する負荷の軽減である。器質的心疾患を認めない不整脈のうち,E禁以上(学校の場での運動制限)の管理が必要とされる不整脈を前述のガイドラインより抜粋すると表1のようになる。実際の管理基準をどの程度とするかは,ガイドラインを参考に個々の症例で検討する必要がある。
[2]器質的心疾患を認めない不整脈のうち,水泳が問題となるもの
学校心臓検診にて異常を指摘される症例の中で,水泳が問題となる不整脈は,洞停止・房室ブロックなどの徐脈性不整脈,QT延長症候群である。
水中運動で誘発される不整脈は潜水誘発性と水泳誘発性に分類され,潜水では主に副交感神経緊張が,水泳では主に交感神経緊張が関与している。潜水中,迷走神経過緊張に起因する心停止や,徐脈から心室筋不応期のばらつきが生じることによる心室細動が誘発されることがある。QT延長症候群では,水泳中や潜水中に心室頻拍(torsades de pointes)を起こすことが確認されている。こうした水中運動中の循環生理学的特徴は,防水電極や水中運動時の心電図記録システムの開発により明らかにされてきた。近年は,水中カメラ収納などに用いる簡単なハウジングを作成し,既存のホルター心電計を活用し,水中心電図を記録した報告も認める(文献2)。しかし,現在commercial baseに乗っている防水型ホルター心電計は,真水での入浴などを想定した防水設定であり,塩素など水以外の成分や水圧の問題から,プールでの水泳など,水中運動中の心電図記録は想定されていない。
潜水中の心電図を再現する方法として顔面冷水浸水負荷試験がある。水中運動前のメディカルチェックのほか,不整脈の誘発・予後評価やQT延長症候群の判定,上室頻拍の治療などに利用されている。これに水泳中の心電図を再現できるtreadmill負荷試験を組み合わせることで水中運動の安全性確認が可能とされている。いずれの検査も,心停止・心室頻拍など危険な不整脈が誘発される可能性があるため,検査の適応を慎重に検討し,除細動器を含めた緊急時の準備をし,医師の立ち会いのもとで検査を行う必要がある。
顔面冷水浸水負荷試験の再現性に関しては,比較的良好とする報告(文献3)から再現性は乏しいとする報告(文献4)まで様々であり,一定の見解はない。
近年,検診による抽出数が増加している無症状のQT延長症候群例に関しては,前述のガイドライン上,管理区分決定に顔面冷水浸水負荷試験は要求されていない。SchwartzのスコアによりQT延長症候群と診断が確定している症例に対しては,水泳は許可しかねるため,「水中運動の安全性を確認する検査」は不要と考える。
[3]顔面冷水浸水負荷試験の手順および評価 (文献5)
以下に顔面冷水浸水負荷試験の具体的な手順を示す。
(1)洗面器大以上の大きさの容器に0~10℃の冷水を作る。
(2)被験者に心電図の電極を装着。血圧測定用マンシェットを上腕に装着。
(3)深吸気の状態で,被験者が我慢できる限界まで顔面を冷水に浸水させ,負荷前から負荷後心電図が負荷前の状態に戻るまで心電図を連続的に記録する。適宜血圧も測定する。
評価のポイントは以下のようである。
・ 心拍数が開始前の40~50%まで減少したら被験者の努力が十分と評価してよい(文献6)。
・ 顔面冷水浸水負荷による徐脈効果は,加齢に伴い低下する,水温が低いほど大きい,とする報告が多い。このため,不整脈の診断や治療には上記のごとく低温の冷水を使用するが,メディカルチェックとしての顔面冷水浸水負荷試験には15℃の水温を推奨する報告もある(文献3)。
・ 2.7秒以上の心停止・洞停止・高度房室ブロックなどの徐脈性不整脈が誘発されれば異常と判断する(文献7)。心室頻拍のような頻拍性不整脈が誘発された場合も異常と判断する。浸水直後のR-R間隔短縮時(最大心拍数時)と浸水解除直前(最低心拍数時)の連続3心拍の平均QTcを計算し,QTcが増加する場合はQT延長症候群の可能性が高いとされている。また,12誘導心電図のQT間隔を計算し,最大QT間隔と最小QT間隔の差(QT dispersion:QTD)が浸水負荷により異常値(69msec以上)となる場合,浸水によりnotched T waveあるいはT wave alternansが検出された場合もQT延長症候群の可能性が高いとされている(文献6)。
1) 吉永正夫, 他:日小児循環器会誌. 2013;29(6):277 -90.
2) 河合祥雄, 他:水と健医研会誌. 2001;4(1):29-34.
3) 岡野亮介:萩国際大学論集. 2000;2(1):97-118.
4) 坂本静男, 他:臨スポーツ医. 1989;別冊6:167-9.
5) 浅井利夫:小児診療. 2000;63(2):260-4.
6) 萩原教文:小児内科. 2006;38(8):1460-2.
7) 住友直方:小児臨. 2003;56 増刊:1359-65.