【Q】
90歳,女性。既往歴は,10年前に視床出血(後遺症は残っていない),1年前に膀胱癌(内視鏡治療後,経過観察中)。現在,高血圧症の治療中である。最近,動悸の訴えがあり,持続性心房細動と心不全(軽度胸水貯留)を認めた。脳梗塞予防からは,抗凝固薬の適応患者と思われるが,既往として脳出血があり,膀胱癌も肉眼的血尿から判明している。このようなケースでは,抗凝固薬は控えるべきか。 (愛知県 N)
【A】
抗凝固療法には高率に出血のリスクが伴うことがよく知られている。出血のリスクを評価するスケールとして有名なのはHAS-BLEDスコアである(表1)(文献1)。
このスコアでは,高血圧は収縮期血圧160mm Hg以上,出血は過去の出血歴または出血傾向を意味する。加療中の心房細動を有する5272人を対象にスコアの点数と出血出現率を調べた研究では,0点で1.11件/1000人・年,1点で1.02件/1000人・年,2点で1.88件/1000人・年,3点で3.74件/1000人・年,4点で8.70件/1000人・年,5点で12.50件/1000人・年であった(文献1)。
本例は,「高血圧」,「出血」,「高齢」のため3点となり,単純に上記の研究に当てはめると,3.74件/1000人・年のリスクとなる。特に「出血」は視床出血,血尿を伴う膀胱癌の既往と2種類ある。また,年齢も90歳とかなりの高齢である。したがって,実際にはHAS-BLED4~5点に相応すると考えられ,そのままでは到底,抗凝固療法を行えない。
しかし,高血圧は降圧薬にて適切に加療することで出血リスクは低下し,HAS-BLEDスコアではカウントされなくなる。また,膀胱癌も適切な処置・経過観察により出血源となるリスクを下げることができる。残る「高齢」「脳出血の既往」だけであれば,HAS-BLED2点であり,決して抗凝固療法が禁忌とはならない。特に,最近広く使用されはじめた新規経口抗凝固薬(NOAC)は,ワルファリンに比較して脳出血の合併リスクが半分近くに低減され,高齢者であってもワルファリンよりずっと安全であることが示されているものもある(文献2)。体重,腎機能などを勘案して,いずれかのNOACを検討すべきである。
本例は,一見すると出血のリスクが高いことから抗凝固療法を見送りがちであるが,1つ1つのリスクに対して適切に対処した上で,治療の可能性を探るべきである。
1) Pisters R, et al:Chest. 2010;138(5):1093-100.
2) Granger CB, et al:New Engl J Med. 2011;365 (11):981-92.