株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

出血への輸血の有効性と危険性

No.4750 (2015年05月09日発行) P.57

大戸 斉 (福島県立医科大学副学長/副理事長)

登録日: 2015-05-09

最終更新日: 2016-10-18

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

【Q】

輸血により出血状態の患者の救命率が上がることは当たり前と考えていましたが,これを実証的に示したデータはあるのでしょうか。また,「輸血用血液は放射線を当てているので危険かつ無意味」という趣旨の意見があるようです。いろいろな意見はあってもよいと思いますが,どう考えればよいでしょうか。 (福岡県 S)

【A】

大量出血患者や高度の貧血で重篤となっている患者の生命を輸血を行わずに助けることは困難です。輸血の有効性を証明するために,上記のように重症でも輸血を実施しない患者群を設定するランダム化比較試験を行うことは倫理的に許されません。しかし,このような状況でも,輸血をしない宗教的輸血拒否患者の成績は,ぜひ参考にしたいところです。
輸血拒否外科患者125名を解析した報告があります(文献1)。術前ヘモグロビン(Hb)8g/dL以上で出血量500mL未満の患者では死亡者は0でした。術前Hbが10g/dL以上の患者では死亡率は7.1%でしたが,6g/dL未満の場合は61.5%と,約8.7倍に上昇しました。出血量の観点からは,500mL未満での死亡率は8%でしたが,2000mLを超えると42.9%と,約5倍に増加しました。
分娩時出血でも同様の報告があります(文献2)。宗教的輸血拒否妊婦332名の391分娩を観察したものです。24名(6%)が1000mLを超える大量出血となり,2名が死亡しました。推定1万mL以上の出血をしたほかの1名は輸血を受け入れ,大量輸血の上,救命できました。当時のニューヨーク妊産婦死亡率と比較して44倍(95%CI:9~211)の高い危険率です。
一方,必要量以上の輸血を行うことによる利益も存在しません。冠動脈疾患などを有さない一般的な患者に7~8g/dLを目安に赤血球輸血を行うことは,10g/dLの基準と比べて輸血有害事象発生率,死亡率,回復率において劣っていないことが多くの成績で示されています(文献3) 。しかし,これらのランダム化研究を数多く行ってきたCarsonは,7g/dL未満に挑戦することはリスクを増大させると警告しています。
ご質問にある放射線照射についても触れます。輸血後移植片対宿主病(post transfusion-graft versus host disease:PT-GVHD)は,輸血の有害事象の中でも最も重篤であり,かつてはわが国だけでも毎年100名ほどがこの合併症で命を失っていました(文献4)。PT-GVHDは輸血血液中のドナーリンパ球が受血者から排除されずに患者を攻撃し,死に至らしめてしまうものです。
十字ら(文献5)の研究により,その発症機序〔ドナーリンパ球の受血者へのHLA(human leukocyte antigen)一方向適合〕が解明されました。いったん発症するとほとんどが失命しますが,唯一,血液製剤に放射線照射(リンパ球の不活化)することにより予防可能です。血液製剤への放射線照射によりPT-GVHDの発症は完全に予防できています。日本人では,HLA一方向となる確率はほかの人種よりも数十~数百倍高く,放射線照射を施さずに輸血を行うのはきわめて危険です。

【文献】


1) Carson JL, et al:Lancet. 1988;1(8588):727-9.
2) Singla AK, et al:Am J Obstet Gynecol. 2001;185(4):893-5.
3) Carson JL, et al:JAMA. 2013;309(1):83-4.
4) Ohto H, et al:Transfus Med Rev. 1996;10(1):31-43.
5) Juji T, et al:N Engl J Med. 1989;321(1):56.

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

もっと見る

関連求人情報

関連物件情報

もっと見る

page top