【Q】
高コレステロール血症(高血圧を伴うこともある)の患者に対して,脳梗塞の一次予防という説明のもと,抗血小板薬が処方されているのを散見します。
頸動脈に有意なアテローム硬化を認めない場合に,危険因子の治療以外に抗血小板薬を投与する利点はありますか。投与による出血性合併症の危険性が利点を上回るようでしたら中止したいと考えています。(神奈川県 O)
【A】
高コレステロール血症や高血圧など単独あるいは複数の危険因子を有しているが頸動脈に有意なアテローム硬化を認めない患者に対して,抗血小板薬を投与することが脳梗塞の一次予防として有益か否かとのご質問ですが,結論から言いますと,抗血小板薬,特にアスピリンの一次予防に対する有用性は十分に証明されておらず,時に重篤となる出血性合併症を併発する可能性があり,むしろ有害です。
ご指摘のように,残念ながら,なぜ抗血小板薬を内服しているのかわからない患者が少なからずいることは事実です。これは,単なる日本人特有の“杞憂”や,“根拠のない心配性”がもたらした処方であると言わざるをえないのかもしれません。と言うのも,脳卒中を含む動脈硬化性疾患のない2型糖尿病患者を対象にアスピリン81~100mgを投与した,わが国の大規模試験であるJPAD(Japanese Primary Prevention of Atherosclerosis with Aspirin for Diabetes)試験(文献1)では,アスピリンの効果は示されませんでした。さらに,欧米の大規模試験でも同様の結果であり,糖尿病と無症候性末梢動脈疾患を合併した患者に対してアスピリン100mgを投与したPOPADAD(Prevention of Progression of Arterial Disease and Diabetes)試験(文献2)でも,初回脳卒中予防に対する効果は認められませんでした。
以上より,2011年のAHA/ASA(米国心臓協会/米国脳卒中学会)のガイドライン(文献3)では,「心血管疾患(脳卒中を含むが脳卒中に特異的ではない)予防のためのアスピリンの使用は,治療に伴うリスク(出血性合併症など)に打ち勝つだけの十分に高いベネフィットがある患者(10年間の心血管イベントが6~10%)には推奨されるが(クラスI,エビデンスレベルA),リスクの低い患者には初回脳卒中の予防において有用ではない(クラスⅢ,エビデンスレベルA)」と記載されています。
したがって,頸動脈の無症候性の高度狭窄病変など一部の特殊な病態でない限り,脳梗塞の一次予防のために積極的に抗血小板薬を投与する根拠はありません。ただし,前医で抗血小板薬を処方せざるをえない特別な事情があった可能性もあるため,適切な情報提供を受けておくことをお願いします。最も重要なことは,患者ごとに現時点での抗血小板薬のリスクとベネフィットを常に考慮して,再評価する姿勢です。
1) Ogawa H, et al:JAMA. 2008;300(18):2134-41.
2) Belch J, et al:BMJ. 2008;337:a1840.
3) Goldstein LB, et al:Stroke. 2011;42(2):517-84.