【Q】
度数,もしくはほかの何かが合っていない眼鏡を2年間使用していたという20歳代前半,男性。「毎日,嘔吐しないと出かけられない。頭が常に痛重く,体がだるい。気力をふりしぼらないと,日常生活が行えない」と言います。内科や脳外科などを受診したものの異常なく,心療内科で抗うつ薬を処方されるも改善せず,かえって不調が増しました。しかしふと話に聞いて,眼鏡を換えたところ,1カ月単位で少しずつ復調し,現在はときどき葛根湯を服用する程度で回復中です。
そこで,誤った視力矯正で体調不調になる理由や,今後どのように気をつければよいかなど,可能な範囲で教えて下さい。 (愛媛県 O)
【A】
私たちの眼のピント合わせは自律神経によってコントロールされています(文献1)。ピントを合わせることができる最も遠い距離を遠点と言い,ピントを合わせることができる最も近い距離を近点と呼びます。
遠点と近点の間には,調節安静位という,空白視野あるいは暗黒視野のように見る対象物がまったく認識できないときにピントが合っている距離があります(図1)。この調節安静位から近くに向かう調節は「正の調節」と言って副交感神経に支配されており,調節安静位から遠くに向かう調節は「負の調節」と言って交感神経に支配されています。正視眼の調節安静位は1m付近に位置しており,遠くを見るときには交感神経が優位になります。近くを見るときには副交感神経が優位になり,身体の活動と一致して身体の健康が維持されるよう仕組まれています。しかし,現代社会では近くを見ながら活動する機会が多くなっており,正視眼でも気持ちは交感神経,眼のピント合わせは副交感神経を優位に維持しなければならず,自律神経のバランスを崩しやすい環境になっています。
体調に不良が生じる合わない眼鏡の多くは「近視の過矯正」です。過矯正の状態は調節安静位が正視眼よりもさらに遠い位置にシフトさせられて,日常の眼の使い方では交感神経を優位にする状況をつくることができません。遠くから近くまでどの距離を見ても副交感神経が優位の状態になります。もちろん,眠っているときにも副交感神経が優位ですので,眠っても眼の疲れは回復せず,さらに拍車がかかります。この場合の症状は,眼の奥の痛み,肩こり,頭痛,嘔気,嘔吐で,しだいに全身に力が入らなくなり,自律神経失調症や軽症うつ病と診断されている人も少なくありません(文献2)。
他覚的屈折検査には,簡単に眼の屈折値(近視や遠視の程度)を測定できるオートレフラクトメータを用いますが,通常は近視の過矯正を防ぐために,オートレフラクトメータの値を参考にして,慎重に自覚的屈折値を求め,さらに快適な両眼視状態の屈折を求めて眼鏡の度数を決定します(文献3)。
眼の疲れがひどいときには,調節麻痺薬を用いて,眼の調節緊張を十分に取り除いてから眼鏡を処方します。このように十分な注意を払っても過矯正になることがあります。それは外斜位が存在するときです。外斜位では両眼視をしたとき眼を内側に寄せる輻湊に強い力が入ります。この輻湊の異常な力が近視を強めるのです(斜位近視)(文献4)。片眼で十分な視力が得られる屈折値よりも強い矯正度数を与えないと両眼視では十分な視力が出ないので,近視過矯正になってしまいます。この場合には眼位検査を行い,必要なプリズム度数を眼鏡に加えることで解消できます(文献5)。眼に合わない眼鏡による体調不良は,眼鏡を使用しはじめて3~6カ月頃から発症してくることが多いようです。
健全な身体を維持するためには,遠方がよく見える矯正ではなく,正視眼の調節安静位に相当する1m付近が最も快適に見える矯正が必要です。
1) Cogan DG:Arch Ophthalmol. 1937;18(5):739-66.
2) 梶田雅義:あたらしい眼科. 2010;27(3):303-8.
3) 梶田雅義:あたらしい眼科. 2012;29(12):1641-2.
4) 梶田雅義:あたらしい眼科. 2004;21(9):1173-8.
5) 梶田雅義:視覚の科. 2012;33(4):138-46.