【Q】
心房細動(atrial fibrillation:AF)を有する末期腎不全患者に対する脳塞栓予防にワルファリンが用いられます。しかし,透析患者へのワルファリン使用に関しては,専門家やガイドラインでの統一見解がないように思います。実際にはどう考えればよいでしょうか。諸外国と抗凝固療法の治療域が異なるわが国では,欧米の報告を流用することに危険を伴う可能性があると思われますが,日本人を対象として本テーマを検討した報告はあるのでしょうか。国立病院機構京都医療センター・赤尾昌治先生にご回答をお願いします。
【質問者】
杉山裕章:京都大学医学部附属病院循環器内科
【A】
AFを有する末期腎不全患者,透析患者における抗凝固療法についてですが,新規抗凝固薬はいずれも透析患者では使用禁忌で,現実的にはワルファリンしか選択肢がありません。しかし,日本透析医学会の「血液透析患者における心血管合併症の評価と治療に関するガイドライン」(2011年)においては,「透析患者ではワルファリン投与は原則禁忌である」と明記されています。新規抗凝固薬もワルファリンもいずれも「禁忌」とされる現状ですが,AF合併の透析患者の脳塞栓予防をいかにすべきかに関しては,あまりにもデータが乏しく一定の見解がありません。
透析患者のAFには,通常のAFについての以下の「常識」が通用しません。
(1) AFが脳卒中のリスクとなる
(2) 脳塞栓のリスク層別化にCHADS2スコアが有用である
(3) ワルファリンが脳塞栓の予防に有効である
(1)については,透析患者では心房内血栓に由来する心原性脳塞栓以外の原因による脳梗塞も多いと考えられ,心原性脳塞栓の占める重要性については疑問の余地があります。(2)については,もともとCHADS2スコアの根拠となった患者集団には透析患者が含まれておらず,透析患者においてもCHADS2スコアが通用するかどうかは不明です。(3)については,ワルファリンによる抗凝固療法が透析患者においても脳塞栓を減らすかどうか,確たるデータがなく,むしろ頭蓋内をはじめとする大出血を大幅に増やして,患者予後をかえって悪化させるという観察研究のデータも複数報告されています。
わが国からはまとまったデータがほとんどありませんが,私たちが行っている伏見心房細動患者登録研究(伏見AFレジストリ)に登録された透析患者をみると(全登録患者3277例中93例),抗凝固薬が処方されているのは37%(全体では54%)で,動脈硬化性疾患の合併が非常に多いため抗血小板薬の併用が多く,出血既往も多いが,脳卒中既往は意外にも非透析患者と比べてそれほどは変わらない,という患者背景を示していました。
透析患者は,もともとの心血管リスクが非常に高く,その中でAFから生じる脳塞栓症の占めるウェイトは必ずしも大きくなく,それに対して予防効果が不明でかつ出血リスクを大幅に増大させるワルファリンを使用するかどうかに関しては,私自身も最近は否定的に考えています。抗凝固療法を行うにせよ,あるいは行わない(あるいは中止する)にせよ,患者さんと十分に相談して合意形成することが重要と考えます。