血液病は,その治療に対してチロシンキナーゼ阻害薬などの分子標的治療薬や抗体薬などがいち早く導入された分野である。これまでに,新規治療はいくつかの疾患の画期的な予後の改善をもたらしており,その対象はさらに広がりつつある。骨髄線維症(myelofibrosis:MF)に対するヤヌスキナーゼ(januskinase:JAK)阻害薬(ruxolitinib)やCD30陽性リンパ腫に対する抗体薬物複合体(brentuximab vedotin)は,わが国でも2014年に承認され,臨床の場に導入されるようになった。また,Bリンパ系腫瘍に対するB細胞抗原受容体(B cell receptor:BCR)シグナル系を標的とした治療薬や次世代の抗体薬の開発や導入も進んでいる。
新規治療の基盤となっているのは病態解明の進歩であることは言うまでもない。近年のゲノム解析の進歩により,疾患の発症原因となる遺伝子変異が続々と同定されている。これらの原因遺伝子の中には,新しいカテゴリーに属するものも多く含まれており,将来的には疾患の再分類や治療標的としての応用も考えられる。最近の大きなトピックスとしては,JAK2変異陰性の骨髄増殖性腫瘍(myeloproliferative neoplasm:MPN)におけるCALR変異の同定が挙げられる。JAK-STAT系の活性化は本変異によっても誘導され,MPNの基本病態であることが確立されたとともに,JAK阻害薬がJAK2変異陰性例に対しても有用であることの裏づけとなっている。
本稿では腫瘍性疾患を中心に取り上げるが,免疫病態が関与する血液疾患(造血障害,血小板・凝固系疾患など)においても,新規薬剤や抗体薬の適応範囲は拡大しつつあり,難治性血液疾患への挑戦は続いている。
細胞内シグナル伝達系を標的とした低分子化合物や細胞表面抗原に対する抗体薬を用いた新規治療の開発や臨床導入がさらに進んでいる。
骨髄増殖性腫瘍(MPN)ではJAK2の変異が高率に認められることから,JAK-STAT系の恒常的活性化が基本病態と考えられ,JAK阻害による治療が開発されてきた。MPNのうち,真性赤血球増加症(polycythemia vera:PV)と本態性血小板血症(essential thrombocythemia:ET)は比較的予後良好であるのに対し,原発性骨髄線維症(primary myelofibrosis:PMF)では脾腫や全身倦怠感などの症状に苦しむことが多く生命予後も不良であり,本治療の適応となる。現在,臨床導入されているのはJAK1/JAK2を標的とするruxolitinibで,わが国でも2014年7月に骨髄線維症に対する使用が承認された。これまでの欧米での臨床試験(COMFORT-Ⅰ,-Ⅱ)の結果では,ruxolitinib投与により脾腫の著明な縮小や全身症状の改善が得られ,生存期間の延長効果もあり,また,これらの効果はJAK2変異の有無によらないことが示されている。副作用として,血球減少(貧血,血小板減少)の頻度が高いものの,忍容範囲内であり,また長期投与も可能である。本薬剤の登場により,従来,治療に苦慮することが多かったPMF症例に対して大きな福音がもたらされた。ただし,ruxolitinib投与によっても腫瘍量の大幅な減少が得られるわけではなく,その効果はむしろ脾腫の縮小やサイトカイン抑制による全身状態の改善によるものと考えられている。PMFの根治のためには本薬剤を併用した移植治療や併用療法の開発などが,今後の課題として挙げられる。
brentuximab vedotinは,キメラ型抗CD30モノクローナル抗体に殺細胞効果を持つ薬剤monomethyl auristasin E(MMAE)を結合させた抗体薬物複合体(antibody drug conjugate:ADC)である。本薬剤が投与されると,CD30発現細胞に結合し細胞内に取り込まれた後に,プロテアーゼにより遊離されたMMAEがチューブリンに結合し,微小管形成が阻害され,細胞周期の停止とアポトーシス誘導が引き起こされる。CD30はホジキンリンパ腫(Hodgkin lymphoma:HL)やT細胞リンパ腫の一部〔未分化大細胞型リンパ腫(anaplastic large cell lymphoma:ALCL)など〕に発現している。これまでの第Ⅱ相試験の結果では,再発・難治性のHL,ALCLに対しての全奏効率が,各々75%,86%と優れた有効性が示されており,わが国でも2014年4月に再発・難治性のCD30陽性HLおよびALCLに対する適応が承認されている。また,ALCL以外の再発・難治性CD30陽性末梢性T細胞リンパ腫(peripheral T-cell lymphoma:PTCL)に対しての有効性も報告されている。従来型化学療法との併用も検討されており,現在,HLに対するABVD療法とbrentuximab vedotin併用AVD療法,PTCLに対するCHOP(cyclophosphamide, doxorubicin hydrochloride, vincristine sulfate, prednisolone)療法とbrentuximab vedotin併用CHP療法の比較試験が進行中である。今後,本薬はCD30陽性リンパ腫の初回治療にも併用にて適応となる可能性がある。
B細胞受容体(B-cell receptor:BCR)は膜結合型免疫グロブリンとCD79A/Bとが会合したヘテロ2量体であり,抗原刺激により活性化されると,SYK,LYNによりCD79A/Bのチロシン残基がリン酸化され,BTK(ブルトン型チロシンキナーゼ)を活性化し,さらに下流のMAPK経路,PI3K経路,NFAT経路,NF-κB経路などにシグナルが伝達される。BCRシグナル経路は,B細胞の生存・増殖・分化や抗体産生などの機能発現に必須のものであるが,近年,B細胞リンパ腫の一部において,CD79A,B,CARD11などBCRシグナル経路を構成する分子の異常が報告され,この恒常的活性化はB細胞腫瘍における主要な分子病態のひとつと考えられている。したがって,この経路に関わる分子を標的とした治療がいくつか開発され,その中でもBTK阻害薬であるibrutinibは有効性が検証されてきている。
BTKは非受容体型チロシンキナーゼであり,BCRシグナル経路の中で重要な役割を担っており,またケモカインや接着因子などを介したシグナル伝達にも関与している。ibrutinibは最初に開発が進められたBTK阻害薬であり,強力で選択性が高い。第Ⅰ/Ⅱ~Ⅱ相試験の結果では,再発・難治性のマントル細胞リンパ腫(mantle cell lymphoma:MCL),慢性リンパ性白血病(chronic lymphocytic leukemia:CLL)に対する全奏効率が,各々,68%,71%と,高い効果が認められている。CLLでの効果は従来予後不良因子とされていた17番染色体短腕欠失の有無によらなかった。なお,再発・難治性のびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(diffuse large B-cell lymphoma:DLBCL)については,ABC(activated B-cell-like)タイプでは有効であるものの,GCB(germinal center-B-cell-like)タイプのものでは劣っており,その効果はABCタイプのものに限定されている可能性が示唆されている。いずれに対しても,重篤な有害事象の発生率は低く,忍容範囲内であった。
また,初発CLLに対する第Ⅰb/Ⅱ相試験やハイリスクCLLに対するrituximabとibrutinibの併用療法の成績も報告され,併用にても有害事象の増加は認められなかった。さらに,CD20陽性B細胞リンパ腫に対する初回治療としてのibrutinib併用R-CHOP(rituximab-CHOP)療法の第Ⅰb相試験結果が報告され1),高い忍容性と効果が示されているが,有用性については第Ⅲ相の比較試験の結果を待つ必要がある。
PI3K(phosphatidyl-inositol-3 kinase)は,α,β,γ,δのアイソフォームを有し,γとδは造血細胞に特異的に発現している。特にδはBCRや細胞接着因子からのシグナル伝達に関与し,BTKと同様,B細胞の増殖,分化,機能発現に重要であるとともに,その恒常的活性化はB細胞腫瘍において高頻度に認められる。idelalisibはPI3Kδを選択的かつ強力に阻害する小分子化合物であり,CLL細胞をアポトーシスに導くことが示されている。再発低悪性度リンパ腫を対象とした第Ⅱ相試験では単剤投与にて57%の奏効率が報告されている。また再発CLLを対象とした第Ⅲ相試験では,rituximabとidelalisibの併用群の奏効率が81%と,対照群の13%をはるかに上回る結果であり2),本試験は早期終了となった。
obinutuzumabは糖鎖工学を用いて作成されたtypeⅡに属する第3世代抗CD20モノクローナル抗体であり,typeⅠ抗体薬であるrituximabと比較し,抗体依存性細胞傷害に加えて強い直接細胞傷害作用を有する。初発CLLに対して,chlorambucil単独投与群,rituximabとchlorambucilの併用群,obinutuzumabとchlorambucilの併用群とを比較検討した初発CLLに対しての第Ⅲ相試験結果が報告され,obinutuzumab併用群の成績が優っていた3)。
一方,obinutuzumabによる有害事象として,infusion-related reactionや血球減少(好中球減少,血小板減少)などがあり,時に重篤となりうるので注意を要する。
多発性骨髄腫(multiple myeloma:MM)は,近年,プロテアソーム阻害薬(bortezomib),免疫調整薬(thalidomide,lenalidomide)の導入により,治療成績の大幅な向上が得られているが,副作用や耐性化などの問題も生じている。新規プロテアソーム阻害薬のcarfilzomibや新規免疫調整薬のpomalidomideは第Ⅱ相臨床試験にて有効性が確認され,現在,第Ⅲ相試験が進行中である。
【文献】
1) Younes A, et al:Lancet Oncol. 2014;15(9): 1019-26.
2) Furman RR, et al:N Engl J Med. 2014;370(11): 997-1007.
3) Goede V, et al:N Engl J Med. 2014;370(12): 1101-12.
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