少子高齢化・人口減が大きな社会問題となる中,小児医療の役割と位置づけも変化を続けている。安心して子どもを産み育てられる社会の実現に向けて,さらに多くの場面で「小児医療の社会的活用」が期待される時代となった。
新世代の小児医学,医療の中心的テーマは,遺伝性,先天性の稀少疾患と考えられ,これに,子どもの心や社会性の発達に関わる問題,母体・胎児の病態,そして従来からの小児医療の中核である後天性・急性期疾患が加わる。
子どもの心,社会性の発達に関する問題については,神経科学の進歩が,これらの領域の診療レベルを底上げする必要がある。たとえば自閉症に関する基礎研究の進歩が臨床現場での治療戦略に影響を及ぼすなど,科学的根拠に基づいた介入が実践される傾向が強まってくる。虐待やいじめについても,科学的な視点に立ったメカニズム解明が期待される1)。
小児医療が進歩することにより,移行期医療,すなわち成人期に達した小児疾患患者のフォローアップがますます重要になっている。移行期医療においては,患者自身による自律的な選択が行われるべきであり,その点が最大のハードルと言えよう。1型糖尿病,白血病,先天性心疾患の子どもの成人期医療について基盤整備が進み,発達遅滞,知的障害を有する患児の移行期医療について具体的な議論が活性化すると思われる。
小児医療の領域においても,医療倫理の観点がますます重要になることは確実である。特に,臨床遺伝学の急速な進歩により診断機会が増加している遺伝性,先天性の稀少疾患の診断・治療において重要な課題である。
これらの小児期疾病構造の変化をふまえて,小児科医は子どもの総合診療医として,医学の進歩,医療の推進に貢献していく必要がある。さらに,小児サブスペシャリティー領域について高度な専門性を有する小児科医を育成することも求められている。総合性と専門性のバランスを兼ね備えた小児科医育成プログラムの構築が急務となっている。
【文献】
1) 友田明美:新版 いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳. 診断と治療社, 2012.
臨床現場にインパクトを与える質の高い臨床エビデンスの多くが欧米から発信され続けており,わが国は「エビデンス輸入国」に甘んじているのが現状である。その中でも,小児・新生児領域は,科学的根拠に基づいた診断・治療,いわゆるevidence based medicine(EBM)について,成人領域の後塵を拝してきたと言わざるをえない。
EBMを実践する上では,まずは科学的根拠の積み上げが必要であるが,小児領域では研究参加について本人の十分な理解と意思を確認することが難しく,保護者の代諾が必要となる場合が多い。また,これまでわが国の臨床研究・治験のルールや体制が,諸外国に比して整っているとは言い難かった1)。これらのことが相まって,特に小児・新生児領域では介入を伴う臨床研究・治験(企業治験および医師主導治験)を国際ルールに則って行うことが困難であった。
近年,上述の反省に基づき,臨床研究・治験に関して,倫理面の枠組みなどを関係省庁合意の指針として明確化する努力がなされ,治験の手続きも国際標準,いわゆるInternational Conference on Harmonisation–Good Clinical Practice(ICH-GCP)基準に準拠して行われるようになるなど,被検者,研究者がより参加しやすい環境が整いつつある2)。今後,小児・新生児領域の臨床研究を強力に推し進め,わが国発の質の高いエビデンスを海外に発信していく努力が必要である。
新生児期に受けた侵襲の長期発達への影響など,膨大な前向きデータが必要とされる研究テーマ,止むをえないこととして従来軽視されてきたテーマについて,臨床研究が推進され,提言がなされる可能性があり,また,その必要がある。たとえば,新生児期に受けた身体的,精神的痛みが,児の長期的発達にどのような影響を及ぼすかについての研究は,十分に行われたとは言い難い。一般に新生児は,啼泣以外での感情表出が乏しく,医療従事者も含めた介護者が,客観的に児の痛みや感情を評価するのが難しい。加えて,新生児は過鎮静による呼吸・循環抑制をきたしやすいため,医療担当者は,痛みを避ける目的のみに鎮静を用いることに対し消極的であった。実際,筆者の経験でも,新生児に対して採血や髄腋検査といった痛みを伴う手技を行う際には,鎮静や鎮痛といった対策が講じられることは少なく,鎮静を用いるとしても体動の抑制が主な目的であった。
近年,新生児期の身体的・心理的苦痛についての評価方法の研究・検討が進み3),新生児医療においても,痛みを伴う手技の際には鎮痛を施すことが積極的に行われるようになってきている。今後,さらなる臨床研究によって,新生児期の身体的・心理的侵襲と神経発達予後との関係がより詳細に検討され,適切な鎮静・鎮痛を含めた新生児医療の質向上がもたらされることが期待される。
臨床研究を通じてその有効性が実証され,近年,医療現場に導入された治療法として,正期産児の新生児低酸素性虚血性脳症に対する低体温療法がある。新生児低酸素性虚血性脳症は,発症頻度こそ高くないものの,脳性麻痺,知的障害などの重大な神経学的後遺症を残すことが多く,発症予測も難しい。
2000年代に欧米や中国を中心に行われた複数の大規模臨床研究で,本疾患に対して出生後早期に低体温療法を行うことで神経学的予後を有意に改善できることが証明された。これを受け,日本を含めた世界中の臨床現場において,一定の基準を満たす新生児低酸素性虚血性脳症における標準治療として,低体温療法が急速に普及しつつある。
【文献】
1) Iwata O, et al:Brain Dev. 2012;34(2):163-4.
2) 臨床研究に関する倫理指針
[http://www.mhlw.go.jp/general/seido/kousei/i-kenkyu/rinsyo/dl/shishin.pdf]
3) Maxwell LG1, et al:Clin Perinatol. 2013;40(3): 457-69.
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