低用量アスピリン(LDA)は消化管粘膜傷害および出血のリスクを高める
他の抗血小板薬の粘膜傷害性はLDAより低い
経口抗凝固薬服用者においては消化管出血の頻度が高い
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)と抗血栓薬あるいは複数の抗血栓薬の併用により,上部消化管出血リスクが相乗的に増加する
薬剤性上部消化管粘膜傷害の予防として適切にプロトンポンプ阻害薬(PPI)を投与する
近年,わが国は超高齢社会を迎え,虚血性心疾患や心房細動など様々な疾患が増加傾向である。動脈硬化性疾患の予防に低用量アスピリン(low dose aspirin:LDA)をはじめとする抗血小板薬が用いられ,心房細動における血栓塞栓症の予防においては抗凝固薬が用いられているため,必然的にこのような抗血栓薬の服用者が増加している。
副作用の中でも出血,特に消化管出血は高頻度で,時に重症化することから,その予防は臨床的に重要であり,臨床医は抗血栓薬の消化管粘膜傷害に適切に対応することが求められる。本稿では,上部消化管における抗血栓薬による粘膜傷害および出血について概説する。
抗血小板薬は動脈硬化性疾患に対し予防効果を有する薬剤である。主なものとして,LDA,チエノピリジン系薬,ホスホジエステラーゼ(phosphodiesterase:PDE)阻害薬などが含まれる。
アスピリンは1897年に開発された薬剤で,当初は解熱鎮痛薬として用いられていた。抗血小板薬として動脈硬化性疾患の予防に用いられるようになったのは1970年以降であり,わが国で抗血小板薬として保険適用されたのは2000年になってからである。最近ではアスピリンの抗腫瘍効果が報告され,消化管癌の予防効果が期待されるなど,“古くて新しい”薬剤として注目されている1)。
LDAの抗血小板作用はCOX-1の阻害を介して働くため,粘膜の防御機構であるプロスタグランジン産生を抑制し,消化管粘膜傷害を生じると考えられる。アスピリンはさらに血管内皮に作用し活性酸素を増加させ,また細胞内に蓄積し直接,粘膜に傷害を生じることが知られている2)。加えて,血小板凝集抑制作用により一次止血能が低下するため,一度出血すると止血しにくい。つまり,LDAは消化管に関して粘膜傷害性と易出血性という二重のリスクを有する。
服用者においては,高率で上部消化管にびらんや潰瘍を生じることが報告されている。Yeomansら3)はLDA(75~325mg/日)を服用中の187症例を対象に上部消化管内視鏡を施行したところ,初回観察時に粘膜傷害を63.1%,潰瘍を10.7%に認め,3カ月後新たに7.1%に潰瘍を生じたと報告している。また,服用者における粘膜傷害の存在率は,わが国の多施設での横断研究(MAGIC研究)において,潰瘍が6.5%,びらんが29.2%と高頻度であることが示されている4)。消化管出血については海外を中心に複数のメタ解析が行われており,LDA服用者では,非服用者と比較して2~3倍程度リスクが高いと報告されている5)が,わが国のデータではさらに高リスクであることが示唆されている。Sakamotoらは上部消化管出血例を対象としたケースコントロール研究において,LDA常用者のオッズ比が7.7,非ステロイド性抗炎症薬(nonsteroidal anti-inflammatory drugs:NSAIDs)が7.3と同程度であったと報告している6)。
LDAによる消化管粘膜傷害のリスクファクターとしては,高齢者,潰瘍既往歴,高用量,Helicobacter pylori(H. pylori)感染,併用薬が挙げられる7)。またLDA服用者における胃粘膜傷害の臨床的な特徴として,前庭部や胃体下部に浅い粘膜欠損が多発する傾向にあり,出血しやすく,再出血率が高い,といった点が挙げられる。
このような上部消化管粘膜傷害への対策として,まず消化管リスク因子を可能な限り軽減するように努めることが重要である。特に抗血栓薬やNSAIDsの併用はなるべく避ける。複数の医師が処方に関わることも少なくないため,現病歴の聴取と服薬内容の確認が重要である。また,短期間の服薬でも粘膜傷害を生じうることに注意する。H. pylori感染については,胃炎の活動性が高い場合には除菌を検討する。酸分泌抑制薬,特にプロトンポンプ阻害薬(proton pump inhibitor:PPI)併用の有用性についてはエビデンスが豊富であり,消化管出血リスクが高い患者ではPPIの併用を考慮する。ことに虚血性心疾患に対する冠動脈インターベンション後は,消化管出血により生命予後に影響を生じるため,PPIを積極的に使用すべきであろう。
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