通常の学級に在籍する児童生徒の2.4%が読み書き困難を示し,“学べない”子どもたちが教育の課題となっている
一人一人の教育的ニーズに基づく特別支援教育が開始されたが,ディスレクシアへの指導・支援は遅れている
エリア・ネットワークの構築と合理的配慮の推進によるディスレクシアへの専門的な指導・支援が求められている
“ディスレクシア”という用語が教育現場で認識されるようになったのは,つい最近のことである。どのような子どもを指すのか,いまだ具体的なイメージを掴みにくい現状があるかもしれない。しかし,通常の学級,時には特別支援学級にもディスレクシアは一定数在籍している。
文部科学省による2012年の全国調査では,「知的発達に遅れはないものの読むまたは書くに著しい困難を示す,通常の学級に在籍する児童生徒の割合」は2.4%と推定されている。この中には,環境などの要因による読み書き困難も含まれていると予測されるが,調査結果に反映されていない,気づかれないディスレクシアの存在もあると思われる。また本調査では,不注意,多動性─衝動性,対人関係やこだわりといった行動面の問題に関する項目もあり,行動面の問題として分類されているディスレクシア合併例も,これまでに報告されている合併率の高さから考えて,少なからず存在すると推測される。
ディスレクシアは,学習上の困難を持つことから,主たる指導・支援の場は学校にある。しかし,集団指導を基本とする学校教育では,個々の読み書きの実態をきめ細かく把握する手立てが十分ではなく,実態把握ができたとしても,ディスレクシアの障害特性から,従来の教科教育法によるアプローチでは効果的な指導・支援が困難である。
発達障害の研修などで学校を訪問すると,以前は,行動面の問題への対処法に関する先生方からの質問がきわめて多い状況であった。しかし最近では,読み書きの指導法に関する質問が目立って増えており,工夫しても効果が上がらず苦慮する先生方の姿が見え隠れする。こうした現状から,国・行政による支援体制の整備,学校教育における組織的な取り組み,医療,保健,福祉など,学校(児童生徒・保護者を含む)を支えるエリア・ネットワークを活用したディスレクシアへの具体的な支援が喫緊の課題となっている。
筆者がある中学校でケース会議に参加したときのことである。「授業中,無表情でやる気がない」「板書も写さずぼんやりしている」というある生徒に対してどのように指導・支援をすればよいのか,という検討会を行っていた。その生徒に対する周囲の評価は,「登校時,正門で声をかけても挨拶を返さない」「素直でない」「態度が良くない」といった否定的なものだった。授業の様子や小学校時代からの学習・生活面の状況,そのほかの背景情報を集めた結果,ディスレクシアが強く疑われるケースと考えられた。
驚いたのは,教室の壁面に貼られた「将来の夢」。そこには「ゴールドが欲しい」と書かれていた。意味がわからなかったのでその生徒に尋ねると,「金メダルが欲しいんだ」と話してくれた。それを聞き,態度面だけを取り上げて否定することは誤りであることを知った。その生徒は「学ばない」のではなく,学びたいという意欲がありながら「学べない」のである。なぜ板書を写そうとしないのか,写そうとしないのではなく写せないのだとすれば,どうしたら写せるようになるのか。金メダルが欲しいという生徒の意思に応えることは,学校(生徒)に関わる我々全員の責務である。
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