2012年12月20日に調布市で発生した,小学生の牛乳アレルギーによるアナフィラキシーが原因と考えられる死亡事故を受け,日本小児アレルギー学会では2013年1月9日に7名の委員,1名の顧問を構成メンバーとして「アナフィラキシー対応ワーキンググループ(WG)」を立ち上げた。そして,4月に開催されたWGにおいて調布市学校児童死亡事故検証委員会が公開した情報などから,事故の経緯・経過の詳細を検証した。その結果,WGの見解として,アナフィラキシーの発生状況の時間経過などから判断して,当該アナフィラキシー事故に医療機関外で対応するには非常に厳しい状況であったと結論づけた。誤食に至った詳細な背景,アナフィラキシーへの対応などの詳細に関しては,調布市食物アレルギー事故再発防止検討委員会の検証を待つこととした。
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WGとして調布市の事故の経緯を受けて,必ずエピペンⓇを使用するタイミングを一般向けにわかりやすく提示する資料を作ることを4月の委員会で決定し,5月から6月にかけて作業を行った。そして,WG委員間で延べ300通以上のメールでの議論・審議を経て,一般向けエピペンⓇの適応を表1のように決定した。
そのメールでの議論における主な論点は,①一般の人にわかりやすくするためにエピペンⓇの適応を症状の組み合わせにせずに絶対的な適応を単純に提示できるか,②全身性の皮膚症状を適応に含めるか,③海外(米国,欧州,オーストラリア)ではどのように考えているか,④一般の人にわかりやすい症状の表現とは何か,という4点であり,順次議論を行った。最初の2週間は①〜③を中心に,最後の1週間は④に関して議論を交わした。
米国・欧州・オーストラリアの食物アレルギー・アナフィラキシーに関する各種ガイドライン・Webを調査するとともに,海外諸国の食物アレルギー・アナフィラキシーの領域のオピニオンリーダーに直接メールで連絡を取り,意見を聞いた。欧州とオーストラリアでは皮膚症状をアドレナリン自己注射の適応としておらず,米国の患者団体ではアドレナリン自己注射を全身性の皮膚症状の場合に適応としているが,医師により議論があるとのことであった。各国ともアドレナリン自己注射薬の絶対的な適応を1枚の紙の上で表現するということに関して苦慮している実態が明らかになった。
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まず,WG委員の間でも難しい作業と認識した上で「絶対的な適応」を提示することに関して了解され,「喉頭・下気道の呼吸器症状」「激烈な消化器症状」「ショック症状」を絶対的な適応とすることに関しては意見の一致を見た。最後まで議論になったことは「全身性の皮膚症状」を絶対的な適応とするかどうかという点であった。全身性の皮膚症状を表現することは,簡単なようで難しいことであることも指摘された。
例えば,孤立性の蕁麻疹が全身に散在している場合など,一般の人に対して全身性の皮膚症状を簡単に定義し説明できるものではないことが確認された。また,委員の施設において実施している重症患者を対象とした食物経口負荷試験において,全身性の皮膚症状にはほとんどの場合で絶対的適応となる「呼吸器症状」「消化器症状」を伴っていることも,データの解析などから明らかになった。加えて,全身性の皮膚症状をエピペンⓇの絶対的な適応とすると,学校現場では判断に迷うケースが多くなることが予想され,わが国の現在の状況では混乱を増長させる可能性のあることが指摘された。
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その後,4月〜6月までの調布市食物アレルギー事故再発防止検討委員会における検証と議論を経て,中間報告書が7月23日に同市教育委員会から公開された。その内容は,7月から始まった文部科学省(文科省)の検討委員会においても検討され,最終的には2008年に日本学校保健会において作成された「アレルギー疾患対応の学校生活管理指導表」と「学校のアレルギー疾患に対する取り組みガイドライン」とのセットでの運用による,市町村単位でのアレルギー対策方針の確立と全学校職員を対象とした研修の重要性が再確認された。しかし,「学校のアレルギー疾患に対する取り組みガイドライン」は作成から5年が経過し,学校関係者の間でも当時のエピペンⓇに対する考え方と,現在の考え方とが大きく異なってきている。
アナフィラキシーを含めた症状に対する対応をもっとわかりやすく解説して欲しい,という要望も多く,文科省は2014年度にガイドラインを「食物アレルギー」を中心として部分的に改訂することを決定した。日本小児アレルギー学会からの「一般向けエピペンⓇの適応」のメディアリリースも,その動きの中で重要な活動の1つである。そこでは,日本小児アレルギー学会として,エピペンⓇの適応の患者・保護者への説明,今後作成される保育所(園)・幼稚園・学校などのアレルギー・アナフィラキシー対応のガイドライン,マニュアルはすべてこれに準拠していくことを基本とすることが明記されている。