MERSコロナウイルス感染症は2012年9月に初めて報告されて以来1年半が経過し,最近少しずつ疾患の態様が解明されつつあるが,依然未知の部分が多く残されている。筆者は本疾患のルーツと目されるサウジアラビア在住の医家として,1年以上にわたる疾患事情に現場で触れる機会を有したため,若干の愚見を付して概説する。
中東呼吸器症候群(middle east respiratory syndrome:MERS)コロナウイルス感染症は2012年9月に初めて報告され1),以来現在(2014年5月27日)までに674例が確認され,うち207例が死亡している。全674例のうち562例と,8割強をサウジアラビアの症例が占めており,また2013年4月には同国東部地区での集団感染が確認されたほか,2014年4月には同国西部地区を中心に感染者数の急激な増加が認められるなど,サウジアラビアが本疾患の発生に強く関連すると示唆される背景があり,同国が図らずも世界的に注目されているのが現状である。
MERSコロナウイルスはコロナウイルス亜科のうちβコロナウイルス属に分類される。βコロナウイルス属には2002~03年にアジアを中心に猛威を振るった重症急性呼吸器症候群(sever acute respiratory syndrome:SARS)コロナウイルスも所属し,MERS,SARS両者の遺伝子配列が比較的近似していたため2),MERSは当初,SARSの再来と恐れられた。
その後の解析で両ウイルスには根本的な相違が多く見つかったが,臨床症状にも類似したケースが複数確認されたため,両者は現在でも比較検討されることが少なくない(表1)。MERS,SARS両コロナウイルスの臨床上の最も大きな違いは,その感染力と言える。両者,とりわけMERSの場合,不顕性感染率や統計に計上されない,いわゆる見逃し症例の割合などが不詳のため,あくまでも見かけ上の話にすぎないが,およそ1年程度の観察期間でSARSが約8000例だったのに比すると,MERSの症例数は格段に少なく,目下両者の感染力には大きな違いがあると考えられている。
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