1995年にすぎうら医院は開院しました。5年前からは在宅診療の体制づくりをしてきています。それは「長年外来に来られた方に最期まで関わりたい」「家庭の場で人生の最終段階に関わる大切な仕事がしたい」という2つの思いからです。その経験を通して、在宅診療について患者さんとご家族に知っていて頂きたいことを地域で講演しましたので、今回は講演の内容をご披露いたします。
講演タイトルは『我が家にさまざまな医療・介護スタッフがやってくる―在宅診療ではどんな病気、どんな時、誰が、どんな事をしてくれるの』です。
私個人の患者家族としての経験は、学生時代にすい臓がんの痛みで苦しむ母が病院で亡くなった経験と、昨年12月に父親が脳梗塞・心不全となり、長期にわたり入退院を繰り返し要介護状態となっている経験です。
地元にいる主介護者は24時間の対応が必要で、常に張り詰めた気持ちが長期間続き、しかも先が見えず、義務や既に約束していた行事以外の楽しみ、余暇の計画を考える気が全く起きません。
これらの経験を通じて、医療・福祉・介護サービス提供側の仕事の理解のみならず、自ら患者家族として医療・福祉・介護サービス受給者の感情がより理解できるようになりました。
在宅診療は「往診」と「訪問診療」という2つの診療形態からなります。
往診は臨時にご自宅等で医療を行うことです。例えばインフルエンザなどの発熱疾患や 呼吸困難、めまい、転倒等で動けない時など、救急車ほどではないが通院できない状態の時の診療形態で、普段健康な方も対象です。
訪問診療は、普段から通院ができない方に対して、計画を立てた上で定期的に実施される出張診療のことです。例えば、がん末期でご自宅での看取りを希望される方、認知症、神経難病、脳梗塞後遺症で長期の寝たきり生活をしていらっしゃる方等が対象です。
在宅診療の開始は2通りあります。1つ目は病院が手配してくれる場合です。主な対象は末期のがんと診断されて病院を退院する時や、外来通院が困難になった時です。病院の相談室が、かかりつけ医や近くの訪問診療ができる診療所を手配してくれます。2つ目は、もともとかかりつけとして外来通院している人が通えなくなった場合です。入院せずに徐々に弱っていく場合で、脳梗塞後遺症による寝たきり、認知症、老衰などの疾患が主な対象となります。
訪問診療に加わる専門職は多種多彩です。主治医とケアマネージャーが相談し、患者さんの病状と生活に最も適した職種を予算と家庭環境に合わせて選任します。訪問診療に加わる専門職は、医師、歯科医師、看護師、薬剤師、作業療法士、管理栄養士、ケアマネージャー、ヘルパー、福祉用具、入浴サービス等の職種です。
療養場所は、自宅か、サービス付き高齢者向け住宅等の施設です。
在宅診療でも24間持続点滴、酸素投与、レントゲン、超音波検査など医療機関内で使用する医療機器が使えます。癌治療に最も有効なのは、PCA(Patient Controlled Analgesia:患者自己管理鎮痛法)といって、患者さんが「痛みがつらい」と思ったときに自分でボタンを押すと適量の麻薬が注入される機械です。これが在宅療養で使えることにより、痛みのために入院する必要はなくなりました。
また最近、在宅診療での最高難度の手技である「腹水濾過濃縮再静注治療(Cell-free and Concentrated Ascites Reinfusion)」を島根県立中央病院との共同作業で訪問先にて行いました。癌の末期に腹水や胸水がたまると患者さんはとても苦しまれます。腹水や胸水を抜くとその日は楽になります。しかし、抜いただけでは腹水や胸水の中の大量のアルブミン、すなわち栄養分が消失してしまいます。胸水や腹水を回収し不要な物質をろ過し濃縮した液体を点滴して患者さんの体に戻すのがこの治療です。これまで入院中にしかできなかったのが、在宅診療でもできました。この治療を在宅で正しい手順で実施したのは近隣では聞いたことがありません。
私たちは、全ての治療に先んじて、食事と栄養に基づく体調管理こそが医療の基礎だと考えています(当院の管理栄養士について紹介した回「在宅訪問管理栄養士が活躍しています」(http://jmedj2.com/archives/55546598.html)参照)。このため常勤の管理栄養士2名体制で在宅診療を行っています。
このように、当院では政策や人口背景にすり合わせつつ、新しい治療法を取り入れ地域の皆様のお役に立ちたいと考えています。