新連載へようこそ。この連載では,主に病歴聴取(問診)による診断推論の方法について学習していく。日常診療での診断のうち7割は病歴で可能である。そのため,診断推論について熟達していくためには病歴をうまく取ることが重要と言える。これから診断推論の基本,病歴聴取のポイント,そして重要な症状についての病歴聴取による鑑別診断の進め方について紹介していく。
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毎回の連載では,まず症例を提示し,その診断を考える過程を通じて勉強していく。症例に基づいて考えることは実際の臨床場面に即しており,診断推論への理解が深まるであろう。
症例を読んだ読者は,数秒以内に「くも膜下出血」を鑑別診断に挙げたと思う。逆に言えば,一瞬の推論で「くも膜下出血」を鑑別診断に挙げていなければならない。これを直観的思考と呼ぶ。ここでは,「直感」ではなく,「直観」という字を用いることが重要。なぜなら,「直感」と「直観」は脳科学的にまったく異なる推論だからだ1)。直感(英語でintuition)は,いわゆる「勘」で推論や意思決定を行うものであり,その意思決定に理由やロジックを説明する必要はない。たとえば,巨大なビル内での大火事の現場でプロの消防士が前進するときには直感を重視しているという2)。
一方,直観(英語でinsight)は,「葉も木も森も観る」という推論境地を示す仏教用語である3)。直観では推論や意思決定の理由やロジックについて,きちんと説明することが必須である。
ここで,症例に戻ってみよう。医師である読者は,「くも膜下出血」という診断を想起した理由を挙げることができるだろう。「高血圧のある高齢女性で,突然発症の人生最悪の頭痛」というのがその理由だ。これにより,この推論が直観的思考であると理解できる。
直観的思考は熟練者が頻用する思考法でスピードが速く,多くの場合は正しい4)。将棋のプロ棋士は直観的思考で次の一手を決定していることが多く,詰将棋でのプロ棋士の脳内プロセスにおける最近の脳科学的研究の結果,尾状核を中心とした大脳辺縁系がその活動の中心であることが判明した5)。
直観的思考の理由づけとなるロジックをヒューリスティック(heuristic)と呼ぶ。医学的なヒューリスティックのうち,重要なものをクリニカルパール(clinical pearl)と呼ぶ。多くのクリニカルパールは,医学の先人たちが遺した英知であり,膨大な臨床経験から得られる貴重な財産である。直観的思考を鍛えるためには,豊富な症例経験を積むことが必須である。
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