(青森県 W)
【結論を出すには情報が限定されており,ブラジキニンとの関係も今後の検討課題】
ACE阻害薬内服と肺癌発症の関係に関しては,2018年にBritish Medical Journal(BMJ)で報告された研究が話題になっているかと思います1)。これはUK Clinical Practice Research Datalinkという英国の研究用サービスシステムから患者データを抽出したコホート研究です。ACE阻害薬を5年以上使用した場合,ARBと比較して肺癌を発症するリスクが有意に増加した(発生率1.6件 vs. 1.2件/1000人・年,ハザード比1.14,95%信頼区間1.09~1.29)という内容で,99万2061人の症例情報が使用されています。発生率の差は大きいとは言えませんが,ACE阻害薬のように世界中で多く使用されている薬剤のことですので,看過できないと結論づけられています。
実際にACE阻害薬と肺癌発生の関係は,報告によって増加,減少,不変と様々です。BMJの報告では内服5年以内での差はなく,5年以上の使用で統計学的有意差を認めていること,また他の研究では観察期間がいずれも5年未満と短いことから,研究間の差異は内服累積年数の問題であると説明されています。なお,ブラジキニンの関与はこの研究で確認されていません。
ACE阻害薬は肺組織中のブラジキニンを増やし2),ブラジキニンは肺癌増殖や血管新生に関与していることが以前から報告されています3)4)。このため,理論上はACE阻害薬がブラジキニンなどを上昇させて肺癌発症率を増やす可能性は否定できません。咳嗽が代表的副作用の1つであるACE阻害薬ですので,肺に何らかの影響を与えている可能性が拭えないといった感覚を持たれる先生方もおられるかと思います。
今回のBMJの報告に関して申し上げれば,ACE阻害薬を使用することによるがんの検出バイアス(咳嗽により画像検査施行が増える),アドヒアランスや詳細な患者背景情報の欠如などといったリミテーションがあります。このため,真偽を推し量るには十分ではないと思われます。また,ACE阻害薬による肺癌以外のアウトカムに関する有益性や医療経済的メリットなどに鑑みて,処方継続の可否を検討する必要があると考えます。
【文献】
1) Hicks BM, et al:BMJ. 2018;363:k4209.
2) Trifilieff A, et al:Eur Respir J. 1993;6(4):576-87.
3) Sethi T, et al:Cancer Res. 1991;51(13):3621-3.
4) Ishihara K, et al:Jpn J Pharmacol. 2001;87(4): 318-26.
【回答者】
上出庸介 国立病院機構相模原病院呼吸器内科医長