2019年末,中国・湖北省武漢で忽然と出現し,瞬く間に世界中を席巻した新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019:COVID-19)パンデミックは,2020年7月16日現在,感染者約1340万人,死亡者約58万人を超えて増加し続け,終息への道筋は見えない。国内においても5月には一旦,感染者数は減少したものの,緊急事態宣言の解除にともない東京など都市部を中心に再び増加の傾向を認める。
COVID-19蔓延に際して,アンジオテンシン受容体遮断薬(ARB)やアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬といったレニン・アンジオテンシン(RA)系阻害薬が,COVID-19の感染リスクを増やし重症化・死亡に悪影響を与えるのではないかという仮説が,研究者・医師のみならず,インターネット・マスメディアを通じて患者や一般市民まで拡散した。この仮説が真実だとすれば大変なことだと危惧したのは筆者だけではあるまい。第2波,第3波の可能性も含め,今後,長期にwith COVID-19時代が続くことが予想される中で,RA系阻害薬との付き合い方を考えたい。
COVID-19の原因ウイルスとしてsevere acute respiratory syndrome coronavirus 2(SARS-CoV-2)が同定された。2002年に中国・広東省を中心に拡がった重症急性呼吸器症候群(SARS)のSARS-CoVと類縁で,同様に,感染に際して宿主細胞のアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を受容体とすることが明らかになった1)2)。その直後,RA系阻害薬がCOVID- 19の発症や重症化・死亡のリスクを高める可能性を示唆する論説が公表された3)4)。高血圧や心疾患はCOVID-19に併存する頻度が高いが,その治療にはRA系阻害薬が頻用される。また,過去の基礎研究においてRA系阻害薬はACE2発現を増加させると報告されている。これらを踏まえた“悪玉説”である。それに対して,SARS感染モデルにおいてARBが肺傷害を抑制するので,COVID-19でもRA系阻害薬により発症・重症化を抑制できるのではないかという“善玉説”もほぼ同時期に提唱された5)。そこで,アカデミアにおけるディベートが始まった。しかしながら,今や垣根の低いネット社会である。薬剤の副作用には敏感なマスメディア・社会には,当然のことながら,もっぱら“悪玉説”が拡散した。