No.4745 (2015年04月04日発行) P.17
長尾和宏 (長尾クリニック)
登録日: 2016-09-08
最終更新日: 2017-02-21
先日、東大救急部の矢作直樹教授が書かれた『人は死なない』という本を拝読した。医師は哲学や死生観を持たねばならないとの意を強くした。人は肉体的には必ず死ぬ。しかし高齢者のなかにも「一度も死を見たことがない」という方が時々おられる。病院死が在宅死を上回ったのは約40年前のこと。今の前期高齢者の世代は「病院の時代」を生きてきたので、幸か不幸か「死」を見ずに生きてきた方がいる。介護施設でさえ、看取りを一度も経験したことがない所がある。「死」が地域から病院に隔離されるようになって40年。多死社会を迎えるというのに「死」を見たことがない人が増えている。
在宅看取りが増えないのは何故か。市民やマスコミが「死」をタブー視することも理由のひとつだろう。「死が怖い」と看取りを嫌がる人も多い。医学界においても「死」はタブーになっていると思う。死生学講座がある医学部がどれだけあるのか。老年医学講座でさえ4分の1にしかないのが現実だ。
死は縁起が悪いから避けて通りたい話題だといわれる。しかし年間の死亡者数が現在の120万人から2025年には160万~170万人にまで増加する多死社会を前に、この増加する40万~50万人の“死に場所“が国家的課題である。私は死をテーマとした本を数冊書いたが、市民よりも医療者のほうが死についての関心が薄いことが気になっている。
昨年、台湾を2回訪問した。ゴールデンウィークには、2000年の尊厳死法成立の立役者である成功大学の趙可式教授を訪問した。救命救急部や緩和ケア病棟での尊厳死が行われていた。もちろん死生学にも熱心に取り組んでいた。次いでお盆には「死亡体験カリキュラム」がある仁徳医専を訪ねた。台湾文科省が多額の投資をした立派な納棺体験館が大学構内に建っていた。専門の教官たちが18歳の子供たちに死の体験学習をしていた。仁徳医専での医学・看護教育はいきなり死の教育から始まる。
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